延長線上

3.11までに通っていた道筋があるとすれば、あの日以後は、それが全く違う道筋に変わってしまったことだろう。
毎朝起きると、一瞬、3.11以前の道筋の延長線上にいるかのような気分になる。
だが、その一瞬後に、それが錯覚であることに気づく。
夢であったら、どんなに良かっただろうと、毎朝思う。
しかし、悲しいけれど、これは夢ではない。現実だ。
もはや、私たちは、3.11以前の延長線上にはいないのだ。
目には見えないから、みんな、なかったかのように振る舞っている。
実際辺りは、何もなかったように見える。きらきら輝く秋の陽、雀のさえずり、金色のススキの穂…。遠い昔から様々な芸術にも表されてきた、日本の美しい自然のかたち。今はまだ、何一つ変わったようには見えない。
だが、あの日以来、文字通り世界は一変してしまったのだ。
確かにそれは、忘れてしまいたい現実だ。しかし、決して忘れることなどできない現実なのだ。たとえ一時忘れることができたとしても、必ずや、近い将来、目に見える現実となって私たちの前に、そのおぞましい姿を現すことだろう。
私たちは、その姿を目の当たりにすることを、覚悟しなければならない。
世界は、変わってしまったのではなく、私たちが変えてしまったのだ。
きっかけは、確かに、大地震と大津波だった。だが、それは言わばトリガーだ。
それによって目覚めてしまった怪物を作ったのは、私たちだ。
取り返しのつかない怪物…
こうしている今も、放射性物質は出続けているのだ。
それは、晴れている日は空中に舞い上がり、漂い、雨の日には地上に降り注ぐ。それは地に降り積もり、大地に染み込み、河を流れ、海に至る。
今年はまだ、作物も言わば外部被曝だけだが、来年以降は、大地が得た放射性物質を内部に取り込むことになるだろう。そうなれば、私たちが内部被曝を避けるためにできることは、食べないことだけである。だが、食べないでは、私たちは生きてゆけない。
既に関東は汚染されてしまっている。政府は、はっきりとは公表していないが、昨日も横浜のマンションの屋上の汚泥からストロンチウムが検出されたとか、世田谷区の公道から放射線が検出され(*古い瓶の中にラジウムらしき物が入っていて、放射線検出の原因はこれではないかとされている10/14現在)立ち入り禁止になったとか、少しずつ事実を小出しにし始めている。
でも、これは十分想像できたことだ。
福一がこのままなら、さらに汚染が進むことはわかりきったことだ。
事は、日本だけに限ったことではなくなってきている。
チェルノブイリの事故で、ヨーロッパのかなりの範囲が汚染された。それから25年余り経ち、今度は、日本発でアジアが汚染される。北半球は、ほぼ終わりだ。


最優先に為すべきことは、一刻も早く、福一を石棺にすることだ。
だが、いったい誰がどうやって?と、思うと、なす術がないのも現実だ。
水道の蛇口から出る水をながめて、毎朝暗澹たる気持ちになる。
希望を失いそうになる。

でも、私は今、自分のできる限りのことをしようと思う。
少なくとも、こうなってしまった以上、これ以上の原発はいらない。作るなんてもってのほかだ。再稼働も阻止し、全ての原発を廃炉に向かわせる。
発送電は分離。
東電は、まず送電線を売って賠償に充てろ!
破産処理して、せめて福島の人々を避難させ生活を補償しろ!
毎日、私は、そう叫び続ける。
そして、この思いを胸に刻み、精一杯私は私の絵を描こうと思う。
そんなことをしても、何の力にも何の足しにもならないかもしれないけれど、私はそうする。
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by nyoirin | 2011-10-13 12:35 | 日記

2015.4.1.より、身の回りの小確幸(小さいけれど確かな幸せby村上春樹)を見つけてつぶやきます。


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