2005.8.16. tuesday 「フリーダ」

「フリーダ」をCATVで観た。映画館で2回観た作品。世界の端っこで絵を描く人の端くれとして(端の二乗)、彼女には脱帽する。どんな状況に陥っても、決して絵を描くことをやめない。事故の大怪我からようやく立ち直って、自分のそれまで描いた作品を持って、ディエゴ・リベラに見てもらいにゆく。「私は才能があるか。絵を続けるべきか」というフリーダの問いに、リベラは「絵描きなら、描かないでいたら死ぬはずだ」と答える。そうなんだ。描かずにはいられないのだ。
 トロツキーが亡命してき、フリーダの実家にかくまうことになる。母国のスターリンによる粛正。ここでも同じことが繰り返されたことを知る。人は権力を手にするとなぜみな同じことをするようになってしまうのか。規模の大小にかかわらず。規模はその人の器の大きさに比例する。だが大きさは違ってもすることは同じだ。なぜ誰も、そこから逃れられないのだろう。
 映画「フリーダ」が好きなもう一つの理由は音楽。ジャンルがよくわからないのだが、メキシコの音楽に惹かれてしまう。マリアッチというのかしら?どういうのがマリアッチなのか全く詳しくないのでわからない。あの、女性が唱うファドのような歌はなんという種類なのだろう。ほかに思い出すのは、ジョニー・デップ主演の「ドン・ファン」でマーロン・ブランドーもフェイ・ダナウェイもみんなで踊りまくってしまうラストシーンの曲みたいのが大好き。「フリーダ」の音楽と同じ仲間だと思うんだけど、これらはなんという音楽なんだろう。メキシコ音楽?
 ところが久しぶりの「フリーダ」中に、地震!かなり長く感じられた。今日はツウがどこに隠れてしまったかわからなくて、このまま大事になっても連れて逃げられない!と思ったら、少し慌てた。幸い大事にはならずホッとした。
 そんなこんなの「フリーダ」。ラストの燃えるベッドに横たわる彼女自身の絵はやはり素晴らしい。
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by nyoirin | 2005-08-16 17:00 | 映画・ドラマ

2015.4.1.より、身の回りの小確幸(小さいけれど確かな幸せby村上春樹)を見つけてつぶやきます。


by nyoirin