カテゴリ:日記( 120 )

延長線上

3.11までに通っていた道筋があるとすれば、あの日以後は、それが全く違う道筋に変わってしまったことだろう。
毎朝起きると、一瞬、3.11以前の道筋の延長線上にいるかのような気分になる。
だが、その一瞬後に、それが錯覚であることに気づく。
夢であったら、どんなに良かっただろうと、毎朝思う。
しかし、悲しいけれど、これは夢ではない。現実だ。
もはや、私たちは、3.11以前の延長線上にはいないのだ。
目には見えないから、みんな、なかったかのように振る舞っている。
実際辺りは、何もなかったように見える。きらきら輝く秋の陽、雀のさえずり、金色のススキの穂…。遠い昔から様々な芸術にも表されてきた、日本の美しい自然のかたち。今はまだ、何一つ変わったようには見えない。
だが、あの日以来、文字通り世界は一変してしまったのだ。
確かにそれは、忘れてしまいたい現実だ。しかし、決して忘れることなどできない現実なのだ。たとえ一時忘れることができたとしても、必ずや、近い将来、目に見える現実となって私たちの前に、そのおぞましい姿を現すことだろう。
私たちは、その姿を目の当たりにすることを、覚悟しなければならない。
世界は、変わってしまったのではなく、私たちが変えてしまったのだ。
きっかけは、確かに、大地震と大津波だった。だが、それは言わばトリガーだ。
それによって目覚めてしまった怪物を作ったのは、私たちだ。
取り返しのつかない怪物…
こうしている今も、放射性物質は出続けているのだ。
それは、晴れている日は空中に舞い上がり、漂い、雨の日には地上に降り注ぐ。それは地に降り積もり、大地に染み込み、河を流れ、海に至る。
今年はまだ、作物も言わば外部被曝だけだが、来年以降は、大地が得た放射性物質を内部に取り込むことになるだろう。そうなれば、私たちが内部被曝を避けるためにできることは、食べないことだけである。だが、食べないでは、私たちは生きてゆけない。
既に関東は汚染されてしまっている。政府は、はっきりとは公表していないが、昨日も横浜のマンションの屋上の汚泥からストロンチウムが検出されたとか、世田谷区の公道から放射線が検出され(*古い瓶の中にラジウムらしき物が入っていて、放射線検出の原因はこれではないかとされている10/14現在)立ち入り禁止になったとか、少しずつ事実を小出しにし始めている。
でも、これは十分想像できたことだ。
福一がこのままなら、さらに汚染が進むことはわかりきったことだ。
事は、日本だけに限ったことではなくなってきている。
チェルノブイリの事故で、ヨーロッパのかなりの範囲が汚染された。それから25年余り経ち、今度は、日本発でアジアが汚染される。北半球は、ほぼ終わりだ。


最優先に為すべきことは、一刻も早く、福一を石棺にすることだ。
だが、いったい誰がどうやって?と、思うと、なす術がないのも現実だ。
水道の蛇口から出る水をながめて、毎朝暗澹たる気持ちになる。
希望を失いそうになる。

でも、私は今、自分のできる限りのことをしようと思う。
少なくとも、こうなってしまった以上、これ以上の原発はいらない。作るなんてもってのほかだ。再稼働も阻止し、全ての原発を廃炉に向かわせる。
発送電は分離。
東電は、まず送電線を売って賠償に充てろ!
破産処理して、せめて福島の人々を避難させ生活を補償しろ!
毎日、私は、そう叫び続ける。
そして、この思いを胸に刻み、精一杯私は私の絵を描こうと思う。
そんなことをしても、何の力にも何の足しにもならないかもしれないけれど、私はそうする。
[PR]
by nyoirin | 2011-10-13 12:35 | 日記

今日のBGM


NHK-FMの「気ままにクラシック」の再放送を聴きながら、お絵描き。
この番組は、このところのお気に入り。
これが終わったら、その後は、またケルン・コンサートとマーラーの交響曲第5番を聴こうかな〜。
今週は、ずっとこれです。

この3日ばかり、調子が悪い。
私にしてはめずらしく、秋にもかかわらず、食欲がいまいち。
食べると、胃が痛気持ち悪くなる。
今も、昼食後の痛気持ち悪状態。おっかしいな〜?例年なら、食欲の秋さながらの、もりもりの時期なのにな〜…
やっぱり歳のせいかしら?胃も消化能力が落ちてくるのかもね。
油っこいものは、もうずいぶん前からノーサンキューになってたけどね。

ま、もう少し様子を見ようかしらね。
そんなことより、お絵描き、お絵描き、と。
[PR]
by nyoirin | 2011-10-07 15:02 | 日記

ダイエット

今、2007.5.16の自分の日記を読み返した。
豆乳クッキーで、減量に成功(?)したときのものだ。
あれから4年。
このとき1年かけて痩せた4.5キロを、現在取り戻してしまっていることに気づく008.gif
気がゆるみ、ちょっとずつちょっとずつ、手放したはずのお肉が、忍び寄っていたのね?!気づかなかったわ!
なんて、知ってただろっ、自分!
これくらいなら大丈夫、と、なんだかんだごまかしながら、ちょこっと食べをしていただろうがっ!
え〜ん007.gif ごめんなさい。
また、気合いを入れなおして、体重を落とさなければ。
今日から本気です。
パルムチョコバーもやめます。(冷凍庫にカスタマイズされてるけど、我慢だ)
ときどき目にすると買ってしまっていた大福も、二度と買わない食べません。
明治のミルクチョコレートも、一日1列にします。
それ以外の間食はしません。
お昼は、今日はみそラーメン食べちゃったけど、明日からは、おからクッキーにします。
夕方どうしてもお腹が空いたら、ソイジョイを1本だけ食べます。
夜、9時以降は、水分以外摂りません。
よ〜し、えい、えい、おーーーっ!066.gif
[PR]
by nyoirin | 2011-09-12 14:23 | 日記

子どもたちを守ろう!

みなさん、この動画を見てください。
東大・児島龍彦教授の怒りの動画です。
今、YOU TUBEなどでは、次々この動画が削除されています。
これは、民主主義国家において、ゆゆしき事態です。
みなさん、子どもたちや若い人を、守りましょう。
これは、私たち歳を重ねた者の義務です。
このままでは、本当に日本人が、日本が、滅んでしまいます。
http://savechild.net/archives/6135.html
[PR]
by nyoirin | 2011-08-01 18:14 | 日記

怒濤

6月の終わり頃から始まった怒濤のアート月刊が先週23日の土曜日に無事フィナーレを迎えた。
これでしばらくやれやれかしらんと、思っていたところ、一昨日の電話でまた新たな動きがっ!?
なんと、9月がまたしても怒濤になることにっ!?
でも、せっかくのお誘いなので、ありがたくお受けすることにした。

9月を盛り上げるのは、8月の働きにかかっているということは言うまでもない。
えええ〜っ 全身水溶性の私にとって、夏は天敵なの。
でも、やるっきゃないわん。
がんばるわん。
やる気・元気・前向き!
イエス!ハピネス!
[PR]
by nyoirin | 2011-07-29 16:46 | 日記

幸せ

朝、定時に起きて、朝食の支度をする。
次男と一緒に朝食をとり、仕事に出かける次男を送り出す。
ライトボックスに灯を入れ、トレースする。
スキャナーで画像を取り込み、データをメールで送る。
遅く起きた主人に食事を出し、仕事に出かける主人を送り出す。
ラフを無事送ったら、Macをスリープさせて、マウスから筆に持ちかえる。
家族が出かけて、一人になったあと、黙々と筆を動かす。

二人とも帰りが遅いので、夕飯の支度を急ぐことはない。
好きな時間まで、仕事が続けられる。
そこが、子どもたちが学生だった頃と違うところだ。
それがかえってありがたい。
なんて、幸せなんだろうと思う。

今また、えのぐが乾くしばしの間、こうしてブログを更新。

毎日が、とっても楽しい。とっても幸せ。
相変わらずお金はないけど、それ以外はすべてそろっているから。
それだって、足りているってことだと思う。住宅ローンはまだ山ほど残っているけれど、とりあえず毎月ちょっとずつでも返していけてるわけだから。
普通にご飯は食べられてるし。
見苦しくない程度の服も着てる。
大好きな家族と、一緒に暮らしてる。
これ以上何も望むものはない。
なんと、恵まれていることだろう。
なんと、幸せなことだろう。

すべてに、感謝、感謝。
[PR]
by nyoirin | 2011-07-25 19:35 | 日記

わらじ

3年ぶりに、2足目のわらじを履くことになった。
内容としては、少し気が進まない仕事ではあるが、えり好みができる身分じゃないので、喜んで引き受けた。なんだかんだ言っても、ありがたいことだ。

去年、それこそ全くの門外漢である私が、以前なら想像もしなかった3足目のわらじを履いたのだから、今さら気が進まないも何もない。
久しぶりのことだし、まだ私のことを憶えていてくださっただけでも、ありがたいことだ。
3足目を履いたときから、つまらないプライドなんか、粉々になってどこかに飛んで行ってしまった。
それは、思いのほか清々しいと言っても良いくらいの経験だった。
なんだか、たいして重要でもないのに、後生大事に持ち歩いていた余計な荷物を、背中から降ろしたような気分だ。

それとは別に、今現在進行中のいわば1足目のわらじのほうが、うれくるしい状態。
こんな私でも、やはり常に挑戦し続けていたい気持ちがあるので、初めは慣れ親しんだ場所でお茶を濁してしまおうかとも、ちらっと思ったのだが、やはりそれではいかんと思いなおし、チャレンジしている。と、こういう状態に陷いる。でもこれは、挑戦することによって一度ならずとも陷いるであろう当然予想できる状態。
うれくるしいのさ。
しかしなにより、楽しい。
こんなに楽しくて良いのかと言うくらい楽しい。
またしても改めて、私はこれが何より大好きということ。
3度の飯も好きだけど、やっぱりこれが好き。
「絵を描くこと」
何度も言うが、私は本当に幸せ者だ。
[PR]
by nyoirin | 2011-07-20 17:45 | 日記
c0009212_1830589.jpg



また一つ歳をとってしまった。
さっき高校時代の友だちから、誕生日プレゼントと言って、蓮の花の写真が贈られてきた。
彼女の家の庭の蓮。今朝開いたのだそうだ。
バースデイ・ロータス003.gif
摩訶かわいい!
摩訶嬉しい!
[PR]
by nyoirin | 2011-07-08 18:30 | 日記

原発反対!原発反対!

海江田が、点検中などで現在止まっている原発を、非常時対策と安全が確認されたとして、順次稼働再開せよと、各自治体に申し入れたが、絶対反対だ。
福島第一原発だって、非常時対策と安全が確認されているとして稼働していて、あんな事になったのではないか。それは、「想定外」の大地震と大津波だったから、仕方ないと、東電とその愉快な仲間たちは言う。
ならば、また大きな自然災害が起きて、これらの原発が破壊されたら、やっぱり「想定外」でしたと言うに違いない。
だが、もう「想定外」は許されない。
大震災から100日以上たった今も、福島第一は放射性物質をまき散らし続けている。放射性物質に汚染された大量の水が、土壌に、海に、流れている。
放射性物質は、一度漏れたら、とりかえしがつかない。チェルノブイリでも事故当時40歳以下年齢の者の後の発ガン率は、通常の何倍にもなっているのは、証明されている。今政府が、「この程度の放射線レベルでは、”ただちに”人体に影響があるものではない」と、たびたび言うが、本当に影響がないなら、「影響はありません」と言えるはずだ。そこに”ただちに”という冠が付くのは、晩発の影響については知らないよということの表れだ。今現在の子どもたちや若い人々が心配でならない。10年〜20年後には、たくさんの人々が甲状腺ガンや白血病で苦しむことになるのではないか?
そのときになっても、現在まき散らし続けられている放射性物質の放射線の強さは、ほとんど変わらず国土と人々を脅かし続けていることだろう。
放射性物質や汚染水の放出が止まっても、それまでに放出されてしまったそれらは、長い間放射線を出し続ける。人の一生どころか、何生ぶんもの長い間ずっと出し続けるのだ。
外部被曝だけでなく、恐ろしいのは内部被曝だ。放出された放射性物質のその何万分の1でも、たとえば1ナノのプルトニウムでも口から体内に入ったら、粘膜に付着し体内に留まり、永遠に近い時間ずっと放射線を出し続けるのだ。その放射線は、細胞の中のDNAにあたり、遺伝子を破壊する。つまりその人間の設計図を破壊してゆくのだ。設計図を失ったら、次に新しい細胞をつくるとき、正しく細胞をつくれない。人間の全部の細胞が入れ替わるのに約3年かかるという(福岡伸一「生物と無生物のあいだ」より)。そういうサイクルの中で入れ替わるうちに、だんだんと正しい細胞でなくなる割合が大きくなってゆく。それがいわゆるガン細胞だ。だから”ただちに”ではないのである。
そうして、出続ける放射線は、次々DNAを破壊してゆく。

今現在、この状況を目の当たりにしているというのに、どうして止まっている原発を、わざわざ動かしはじめようなどと、言えるのだろうか?
このままじゃ夏には電気が足りなくなるから?大停電が起きたら、経済に大きな打撃になるから?
私は、電気が足りなくなるより、大停電になるより、放射性物質を浴びるほうが、まっぴらごめんだ。
放射性物質を自分が浴びるより、子どもたちや次の世代が浴びるほうが、もっとまっぴらごめんだ!
節電だって、我慢だって、経済のさらなる停滞だって、被曝よりましだ。
だから、原発は廃止してくれ!
今止まっている原発は、2度と稼働させないでくれ!
福島第一と同じ、マーク1形式の原子炉は”ただちに”止めて、廃炉にしてくれ!
そして原発は、順次止めていって、すべて廃炉にしてくれ!
もう一か所でも、原発に事故が起きたら、日本は本当に終わりだ。

どんなときも、そろばんを弾いているような性根が、今回の事故を誘発したのではないのか?
世界で起きたマグニチュード5以上の地震の、20パーセントがこの日本で起きているこの国に、54機も原発を建てたことが、そもそも間違っていたのだ。
今こそ、その間違いを正すチャンスなのに、何故、また震災前のいわば「死に至るレール」を再び走ろうとするのか?!
[PR]
by nyoirin | 2011-06-19 11:15 | 日記

去年の今頃

去年の今頃を思い出してみると、今と同じように、胸がなんだかざわざわしていたようだ。
悪い予感なのか、良い予感なのか、と、当時も自分で訝っている。
思えば、去年は、そのあと時をあまりおかずに、母が亡くなったのだ。
私は、母はまだもう少し生きてくれると思っていた。だから、あの朝、いったん家に帰ろうと思い、「また来るね」と母に告げて、病院を後にした、その5時間後にまさか息を引き取ろうとは、思ってもいなかった。
あれは、その予感だったのか?
してみると、今回もこの同じような胸騒ぎは、良くない予感なのか?
富士山が、爆発するのか?!
もしや、とうとう東海地震が来るのか?!
それとも、変な天候で、単に私のホルモンバランスが崩れていて、なんだか精神の安定が図れないだけなのか?
それとも、去年も同じ頃、同じ感じを受けたということは、季節的なことか?
[PR]
by nyoirin | 2011-05-30 20:02 | 日記

2015.4.1.より、身の回りの小確幸(小さいけれど確かな幸せby村上春樹)を見つけてつぶやきます。


by nyoirin