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ひとり高橋たか子フェア

高橋たか子
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by nyoirin | 2005-06-29 16:52 | 本・読書

2005.6.29.wednesday

 ネット書店で高橋たか子の「日記」が新刊で出ているのを見つけてしまい、注文してしまった。それが一昨日届いた。桐野夏生の「天使に見捨てられた夜」を読んでいる途中だったのに、「日記」を手にとってしまい、あっという間に引き込まれてしまう。そして昨夜読み終わる。2002年11月22日〜2004年9月30日までの第一部と、1999年7月5日〜12月及び2002年6月のパリ滞在中の日記の第二部で構成されている。
 「我欲の塊」とか「内的生活をもたない(これは宗教生活のことではない)」などという言葉が胸を刺す。「意識と存在の謎」を読んだときと同じ、引き戻される感じ。しばらく忘れていた(ふりをしていた?)「渇き」を思い出す。「ここ」では決して癒されない「渇き」であることを知っている。
 きっとまた、これをきっかけに読書の道がそれていく。また「ひとり読書フェア」が始まってしまうかも?。「かも?」じゃないんだよね〜。
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by nyoirin | 2005-06-29 16:46 | 本・読書

STAR WARS episode III

スターウォーズ エピソード3 シスの復讐 STAR WARS. Episodio III: La Venganza de los Sith
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by nyoirin | 2005-06-27 09:00 | 映画・ドラマ

2005.6.26.sunday

 昨日「スターウォーズ エピソードⅢ」の先々行ロードショウに行ってきた。
 おお〜、そうかそうか、そうだったそうだった!というのが、観終わった直後の感想。Eさんの言う通り、これで本当につながった〜!という感じだった。クリステンセン、ワルオの顔が上手い。偉い。
 エピソードⅡでは、アナキンがダークサイドに引き込まれそうになる種が、パドメとの交際を禁じられてイライラすることだったり、才能があるゆえの師匠の厳しさに対しての反発だったりで、動機として弱いと感じていた。でも、Ⅲでは、そのへんがちゃんと描かれていたので、納得がいった。アナキンが葛藤するのも「人間だもの」。ただ、仕方ないとは思うのだが、とてもいろいろを説明しなくてはならないので、場面転換がやたら多くて、もうちょっとこのシーンの余韻を見ていたいのに〜、というところが多々あった。
 ワーグナーの「指輪」よろしくライトモティーフが効果的に使われていて、「おお〜、ここからかー!」とか「なるほど、なるほど」とか心の中でつぶやいてしまった。
 こうなると、ⅠからⅥまで改めて通して観たくなる。(ところで、ピーター・カッシングは亡くなったんでしたっけ?)
 思えば遠い昔、新宿プラザで生まれて初めて「スターウォーズ」に出会った日、あの最初のファンファーレ!あの最初のシーン!Ⅲのラストで、一気にあの日に帰りましたよ!友人のFくんとYちゃんと3人で観に行った。もう最前列しか残っていなくて、仕方なくそこに座った。でも思えば最前列のおかげで、私たちは宇宙に投げ出され、SWの世界にどっぷり入り込めたとも言える。
 そのときの信じられない私たちのエピソードをひとつ。映画が終わって、3人ともほぼ放心状態で近くの喫茶店へ移動。冷たい飲み物で喉の乾きを癒しホッとすると、当然私とFくんは、ルークがどうのハン・ソロがどうのあのシーンがどうのと盛んにしゃべった。ひとしきりしてYちゃんがぽつんと「あのさ、ひとつ聞きたいことがあるんだけど。どうしてデス・スターは爆発したのかな?」私とFくんは絶句!一瞬の間のあとFくんが「今まで、ルークが何をあんなに頑張っていたと思うんだーーー!!!お前、いったいどこを見てたんだーーー!!!」と叫んだ。そのあと、Fくんは別の友人3人とともにもう一度Yちゃんを新宿プラザに引きずって戻っていったことは言うまでもない。
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by nyoirin | 2005-06-26 16:29 | 映画・ドラマ

2005.6.17.friday

 カルロ・マリア・ジュリーニが亡くなった。享年91歳とのこと。高齢だったのが少しびっくり。とうとう生は聴き逃してしまった。とても残念。なんだか、またひとつ巨星が逝ってしまったという感じ。うう〜ん、あと誰が残ってるのかしら?早くしないと、ムッティも逝っちゃうといけない。ムッティはまだ生を聴いたことがない。アバドは18年くらい前に一度聴いたことがあるけど。なんとか聴いておかなくては、なんて急に思ったりして。シノーポリみたいに若くして逝ってしまわれるかたもいるから。縁起でもない話でごめんなさい。なんか、しみじみしてしまった。追悼の意味をこめて、今夜も何か聴こう。とりあえず、ベルリン・フィルとやったべートーヴェンの第9が一番近くにあったので、それを。
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by nyoirin | 2005-06-17 17:55 | 音楽

2005.6.13.monday

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6/11(土)の虹。
朝から天気が悪くて、夕方何げに外を見やったら、南の空に虹の端っこが見えた。急いでベランダに出たら、東の空にもっと大きくてしかも二重になってる虹があった。あわててデジカメ持って出直した。


 桐野夏生の「魂萌え!」と「顔に降りかかる雨」を続けて読んだ。桐野夏生は初めて。「魂萌え!」はまさに明日は我が身で読んだ。高校時代の同級生で今でも仲良くしている女四人グループが出てくるのだが、それぞれの背景や家族構成や性格がものすごくよく描き分けられていて、うなった。女どうしの間の微妙な感情のやりとりなど、女性作家ならではのいやらしいくらいの描かれかたで、うんうんと何度もうなずいてしまう。ストーリーは大きな盛り上がりとかはないのだが、登場人物がその四人以外もいずれも興味深い人物ばかりで目が離せなくなってしまう。当たり前なのだが、すっごく良い人もすっごく悪い人もいなくて、みんなそれぞれなのが、リアリティがあって、それだけに読んでいると腹が立ってくるのだ。みんな自分の立場からしか物事を見ないし、自分のことにだけに拘っていて自分のことしか言わない。とくに主人公の子どもたちに、腹が立って仕方なかった。でも、それらはみんなまさに私自身にも重なることなので、参った。
 「顔・・・」は、たぶん先に「魂萌え!」を読んだせいだと思うが、ミステリーとしては全然読んでいなかったので、まんまと騙されてしまった。やられたー!だった。ストーリーがとても良く出来ている。主人公がいやおうなく事件に巻き込まれていってしまうところは、フィリップ・マーロウみたいでかわいそう。ってことは、これはむしろハードボイルドなのか。まあ、ジャンルわけはいいか。なかなか設定も私好みだったので、続けて「天使に見捨てられた夜」を読んでみることにする。ミロはけっこう好きかも。お父さんも魅力的。
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by nyoirin | 2005-06-13 10:25 | 本・読書
アルバン・ベルク四重奏団来日公演:大オチ
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by nyoirin | 2005-06-09 17:18 | 音楽
フェルメール・クァルテットの素晴らしい世界。
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by nyoirin | 2005-06-09 17:15 | 音楽

2005.6.9.thursday

 アルバン・ベルク四重奏団のコンサートに先日行ってきた。私にとっては20数年ぶりの生アルバン・ベルクだ。今回は、ビオラのトマス・カクシュカの代奏として現在ミュンヘン・フィルの首席ビオラ奏者のイザベル・カリシウスが出演した。そのへんどんな感じになるのかな?と思っていたが、印象として大きく違うということはなかったと思う。生はいろいろな条件で、当たりはずれがあるものだが、この夜のコンサートはラッキーなことに、まさに当たりのほうだった。ただ、地震が続けて来た晩だったので、残念なところもあったのも事実だが・・・。
 オール・シューベルト・プログラムで、第1部が 四重奏断章 弦楽四重奏曲 第12番 ハ短調、弦楽四重奏曲 第10番 変ホ長調。第2部が、弦楽四重奏曲 第14番 ニ短調「死と乙女」だった。圧巻は「死と乙女」。第1楽章の息もつかせぬようななんとも言えぬ緊迫感のある演奏には、ただじっと耳を研ぎすますしかない。第2楽章の切なさから優しく変化するメロディーに思わず涙がこぼれそうになる。再び荒々しく始まる大3楽章。しかし一転して可憐に美しく展開してゆく。更に疾駆してゆく第四楽章。そのエネルギーに聴く者の胸の動悸は高まる。力強さの中に、ここにも悲劇的な何かが垣間見られるような旋律はシューベルトならではだ。
 第1ヴァイオリンのギュンター・ピヒラーがときおり椅子から半分立ち上がるようにして演奏する。四人がまるで波のようにうねっている。高音の透明度といい、低音の所謂ウィーン・フィルの弦の音といい、私の大好きなアルバン・ベルクの音だった。第四楽章の最後のスケールを昇りつめて、見事に終焉を迎える。拍手と歓声!久しぶりの快感。アンコールは第2ヴァイオリンのゲルハルト・シュルツが日本語で紹介してくれた。モーツァルトのK465から第2楽章。心地よい調べに脳内物質がいい具合に出て来たな〜・・と思われた瞬間グラグラッとわりと大きな揺れが!それも2度にわたって大きく揺れを感じたので、とうとうピヒラーが演奏を中断してしまった。観客である日本人の私たちは、地震に慣れているからか、ほとんどが落ち着いて座っていたのだが、やはりオーストリアあたりは地震なんてめったにないのだろうか、詳しくは知らないが、とても怖がっていらっしゃるように見えて、気の毒だった。しかも、そのまま演奏会は終わってしまったので、なんだか残念だった。
 でも、会場で購入したプログラムやCDにメンバーがサインをしてくださるとの館内アナウンスに再び元気を取り戻す。「死と乙女」「ロザムンデ」のカップリングCDを購入したので列に並ぶ。実はこれはLPで持っているのだが、プレイヤーが壊れて聴けないでいたので、CDを買ってしまったのだ。ラッキー!久しぶりの素晴らしい夜だった。
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            4人のサイン入りCD



 「ミリオンダラー・ベイビー」を観た。ボクシングの映画だと思ってたのに、違ったのね。暗いとは聞いていたけど、想像を絶するものだった。なんなんさんが、観たあと、具合が悪くなったのもわかる気がする。これから観ようと思ってる人には、体調の良いときに行くことをお勧めする。
 「ホントにあれで良かったのかな」と何度も反芻してしまう。でも、いくら考えても答えは出ない。やっぱりここでも「親子」なんだなと、また確認してしまった。この世は、どこまで行っても「親子」で、どこからでも「親子」なんだ。子は親を変えたいと思っても変えられないし、親も子を変えたいと思っても変えられない。変えることのできるのは、ただひとつ、自分だけだ。自分を変え育てる努力こそが、唯一子を育て、親をも育てることになるのだ。自分は何も変わらないで、人を変えることは不可能だが、自分で自分を変えることは、不可能じゃない。それは決して易しいことではないけれど、きっとすごく時間もかかるだろうけど、この世で人のやるべきことって、きっとこれなんだ。
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by nyoirin | 2005-06-09 16:18 | 音楽

2005.6.1.wednesday

 やっとのことで「モンテ・クリスト伯」を読み終わった。全7巻読み終えるのに、ほぼ五ヶ月かかったことになる。こんな長い小説を読むのは久しぶり。「カラマーゾフの兄弟」「宇宙のランデブー」「グリーンマイル」「ゲド戦記」以来かな。
 アニメの「岩窟王」はアルベールの視点から描かれていたが、原作ではマクシミリアンがむしろ主役と言っていい。有名な「待て、しかして希望せよ」という言葉は、実際には最初にマクシミリアンに向かって発しられるわけだし、しかし、それは同時に、神が我々に向かって発した言葉だと、エドモン・ダンテスは言う。そして物語の本当の最後に、もう一度マクシミリアンとヴァランティーヌによって、読者の心に刻まれる。何十年にもわたる様々な人々の愛と復讐の物語り。(我ながらなんてベタな表現!これだから仕事を辞めざるを得なかったんだ。)デュマ偉い!面白い1よく出来てる!読むのに時間かかっちゃったけど、それは退屈でなかなか読み進められなかったからではない。私の物理的な問題。十分楽しませていただいた。
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by nyoirin | 2005-06-01 09:47 | 本・読書

2015.4.1.より、身の回りの小確幸(小さいけれど確かな幸せby村上春樹)を見つけてつぶやきます。


by nyoirin