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野ブタ。をプロデュースとあいのうた〜最終回まで見て気づいたこと
 なるほど、母親不在・・・確かにそうですね。こういう方向性には考えが及びませんでした。私は、「育てかた」「育ちかた」、親子の関係性からそれぞれの関係性へと思いが流れてゆきました。
 
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by nyoirin | 2005-12-28 18:19 | 映画・ドラマ
 ドラマを見終わったので、原作を読んでみた。ドラマは原作とだいぶ違うと、うすうす噂を聞いていたのだが、かなり違った。
 まず、草野彰くんなる子は出てこない。この原作から、あのキャラを新たに生み出したのは凄い。木皿泉さんの力だろう。ドラマは山ぴーの彰が、大切なポジションを占めていたのだから。彰なしには進まなかった。桐谷修二は、ほぼそのままなイメージだ。亀ちゃんもやっぱりぴったりだったと改めて思った。
 だが、話の骨子は少し違う。原作のほうがより現実的だ。現実はこうかもしれない。まず、ドラマでは、なぜ修二が野ブタをプロデュースしようと思ったのかの動機がいまひとつはっきりわからなかったが、原作ではそこがちゃんと書かれていた。そこは「なるほど」。で、野ブタのプロデュースが順調に進んでゆくが、修二にはそれにつれた大きな変化はあまり見られない。が、ある事件をきっかけにそれまで人気者だった修二が、クラス中から無視されるようになってしまう。それはドラマでも、ほぼ同じエピソードとして語られている。そして、そのまま修二は転校してゆく。野ブタは修二のプロデュースのおかげで今や立派な人気者だ。一方修二はその真逆の存在になってしまっている。修二は野ブタをむりやり修二から卒業させ、プロデュースのことは誰にも言うなと口止めして、転校してゆく。今度は自らをプロデュースするんだと、自分に言い聞かせて。
 ドラマとは違って、何か辛いものがある終りかただ。やはりドラマはドラマだもの。この終りかたじゃ、終われないものがあるのだろう。無理にでも希望をもたせて終わらなければならなかったのだろう。年末に原作どおりの最終回では、ちょっとへこんでしまう。でも、現実はこうかもしれないと思った。ちょっと考えさせられる本だった。
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by nyoirin | 2005-12-27 15:35 | 本・読書

寒いのに 12.21.wednesday

 今朝5:45に起床。すぐにホットカーペットのスイッチを入れ、キッチンに向かった。朝食の支度。今日は久しぶりにパンケーキを焼く。バターを冷蔵庫から出して、室温にしておくためにテーブルにもっていく。と、そのとき「?」。なんか変。・・・ホットカーペットがホットじゃない。
 とうとうカーペットくんがお亡くなりになってしまいました。え”〜っ?!こんなに寒い日々だというのにぃ?
 で、今年の私たちへ私たちからのクリスマス・プレゼントはホットカーペットと決まりました。素敵・・・(~へ~)
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by nyoirin | 2005-12-21 12:14 | 身近な風景

お買い物 12.20.tuesday

 にゃほにゃほ〜。おっかいものー、おっかいものー、アマゾン行って、おっかいものー。連続ポチポチッとしてしまい、続々届いてます〜♪
 本:高橋和巳「悲の器」
   リチャード・ブローティガン「不運な女」
   多田富雄・柳澤桂子往復書簡「露の身ながら」
 CD:「攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX ~be human」
 DVD:「リベリオン」
 きゃー!ついに買ってしまった。「リベリオン」!しょーんさまは、途中で死んじゃうんだけどね。美しいの。やっぱりしょーんさまは、芸術なしでは生きられないのね、という彼にぴったりの役柄。それとこの作品の映像が好みなんです。こういうスタイルのSFが好き。「ガタカ」とか「アベンジャーズ」とか。
 このあと、まだ本が二冊ばかり届くはず・・・。でも、どれも見ている時間がない。暗黒山の頂上に積み重なっていたずらに輝くばかり。CDだけは、聴きながら仕事ができるから、聴いているけど。
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by nyoirin | 2005-12-20 18:57 | 本・読書
最終回RUSH!
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by nyoirin | 2005-12-19 18:10 | 映画・ドラマ

「あいのうた」

ドラマ『あいのうた』全視聴率データ公開!
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by nyoirin | 2005-12-19 17:54 | 映画・ドラマ
 もう少し勝手に深読み。
 「あいのうた」。最終回の後半に、愛ちゃんこと洋子(菅野)が、また自分の母のことを思い出すシーン。愛ちゃんの独白。<今までずっと、私は母のことを恨んでいた。自分を愛してくれなかった母を。そしてなんでも上手くいかないことがあると、みんな母のせいにしてた。自分がかわいそうだと、母に愛されなかった自分がかわいそうだと。でも、今になって思うと、母も同じように育ったのではないか。だから、愛しかたがわからなかっただけだったのではないか。今私は、心から愛する人と出会ったから、それがわかる。今は、お母さん、私を産んでくれてありがとうって言えます。>というようなことを言う。(記憶だけで書いているので、言葉はこのままではないと思う。)
 愛ちゃんよりもっとずっと大人になっても、「自分がかわいそう。私がこうなったのもそう育てられたから」と言っている人を、私は何人も知っている。勇気がなくて、その一歩が踏み出せないのも、自分が勝手に作った殻に閉じこもって、そこから出ようとしないのも、○○と上手く付き合えないのも、○○で協力して事が上手く進められないのも、みんな「私が悪いんじゃなく、こう育てられちゃったから」なんだ、と。(かく言う私も、ついこの間まで、そう思っていた。)確かにその方々の親御さんは、みなさまなかなか一筋縄ではいかない方々のように見受けられる。子どもにとって、親の影響は小さくはない。とくに14〜5歳くらいまでは直接的に、そしてきっと長くみて20歳くらい(?もしかして最近は寿命が延びたぶん成長も遅くなっているようだから25〜6歳まで?)までは。だが、そのあとはその人の人生だ。親の人生ではない。でも、実はそういう人たちにとって、謂わば親の書いた脚本どおりに生きるほうが楽なのだ。言い訳ができるから。何か上手くいかなくても、自分では責任をとらないで、親のせいに、親の育て方のせいにすればいいのだから。そしていつも自分で自分を哀れんで、「あの親じゃなかったら、もっと自分は素晴らしかったに違いないんだ」と言っている。そうやって自分を甘やかしている。だから、いつも同じ問題にぶちあたり、解決できずに、同じところをグルグル回っているだけ。少しも進むことができない。だからそういう人は文句ばかり、不平不満ばかり言っている。当たり前だ、自分で自分の生を生きていないのだから、いつまでたっても満足できないのだ。
 愛ちゃんは、心から愛する人にめぐり合えたから、そのことに気づくことができたと言っている。ならば、その人たちは、そういう人に出会えなかった、または、まだ出会えていないから、気づくことができないのだろうか。彼女は彼を心から愛していないのだろうか。彼は彼女にとって、唯一無二の人ではないのだろうか。
 愛ちゃんは、そのうえに、最後に「産んでくれてありがとう」と、母親に感謝することができている。それはすごいことだと思う。簡単になかなかここまでは来られない。私などはずるずると引きずっている部分がまだ残っている。まあ、これはドラマだからね、とすぐこうやって自分を甘やかしてしまう。

 「野ブタをプロデュース」。修二がとうとう転校する。新しい学校に転校生として登校すると、教室の後ろのほうになんと彰の姿が?!なんで?
 「なんでお前がいるんだよ。お前までここに来ちゃったら、また野ブタがひとりぼっちになっちゃうじゃねーか!」と叫ぶ修二。「実は、行けって野ブタが言ったんだよね〜」と答える彰。「もう野ブタはひとりでも大丈夫だって。」同じ頃、野ブタもとうとう「笑えるようになったよ」と、もう誰もいない屋上で空に向かって笑ってみせる。
 もちろんこれは、野ブタをプロデュースしようとしたのだが、実はそうすることによって、修二がプロデュースされていた=修二が自分の殻を破って自分を自分で受け入れることができた、という話なのだから、これでいいのだ。野ブタを育てるつもりが、実は育てられていたのは修二だったのだ。

 すべて「関係性」だ。人と人の、親と子の、彼と彼女の、友だちと友だちの。人は人によってしか育たないし、成長もしない。人は人によってしか、救われない。しかもそれは一方から一方ではなく、必ず相互にエネルギーは流れている。親は一方的に子どもを育てるのではなく、子どもを育てることによって同時に自分も子どもに育ててもらっているのだ。
 修二も野ブタをプロデュースすることによって、自分もひとつ見つけることができた。愛ちゃんも、母もまたかわいそうだったんだと気づくことができた。それによって、母を許すことができ、感謝することもできた。母を許すことができて初めて、愛ちゃんも許される。許し、許されることによって救われる。
 そして最後は、誰でも自分の足でひとりで立たなければばらない。自分の命は自分だけが生きることができるのだから。あ”〜っ!でもこれが難しいのだ〜っ!
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by nyoirin | 2005-12-19 16:06 | 映画・ドラマ
 「あいのうた」「花より男子」「野ブタをプロデュース」が終わった。それぞれなかなか良かったんではないかと思う。
 「あいのうた」は片岡(玉置)を死なせて終わるのかな〜、と思っていたのだが、そこは違った。よくラストに、ずぅっといろいろ話してきてそれから1年後みたいなのを入れて終わり、というのがあるが、それでもなかった。そうだよな、先のことは誰にもわからないもの、と思った。時間はずっと続いていく、でも、そうよね!「今」「ここ」なのね!と思った。
 「花より男子」も、ま、いいんでない?だったのでは。最初からありえね〜話なんだから、自然に楽しませてもらいました。松潤はあんまり好きじゃなかったんだけど、日本語限定のおバカさんなところが、上手だった。きゃぎゃまりこの衣装&アクセサリーを見るのも毎回楽しみだった。最終回までちゃんと盛り上がったし、締めくくりも良かったと思う。松田優作の次男がとても素敵に育ったと思う。長男とまた違った個性があって良い。また、つくしの家族も良かった。いつも明るくてお金がなくても笑っていて結束は固くて、お母さん役の石野真子もお父さんも弟もみんな好演だった。
 「野ブタをプロデュース」も合格。亀ちゃんも山ぴーもグッドでした。最終回は、修二の転校が決まり、最後、まりこと海のデコレーションをした教室でデートするのだが、彰と信子も効果音とか出して協力してくれる。その片付けをする風景。修二が見た学校の最後の風景が、そのときの信子とまりこが楽しそうに話している姿だった・・・、というところで、グッときてしまった。そういう何気ない風景が、実はいちばん美しかったりするんだな。それがひとの大切な記憶のひとつとなって、胸にとどまるんだな。と思った。
 今場所は、なかなか好成績です。おかげで心温まる年末を過ごさせてもらってます。「チャングム」の後半総集編も毎日結局観ちゃってるし〜。何度目?って感じなのに、やっぱり観ちゃってしかも楽しいし〜。へたすると土曜日の夜の地上波放送まで観ちゃうときもある。「炎の英雄シャープ」も始まったし。3回目にしてはまりまくり。歯ぎしりしながら拳にぎっちゃってます。同じく「LOST」も。
 面白いドラマに恵まれて幸せw。
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by nyoirin | 2005-12-18 18:28 | 映画・ドラマ
 近所の本屋が全滅のため、ああ、とうとうアマゾンでポチッとしてしまったぁ〜!!良くない傾向だ。仕事に煮詰まってくると、ちょっとお出かけしたくなる。インターネットのない時代なら、実際に図書館とか喫茶店とかに行くところだけど、今はバーチャルなお店を覗いてしまう。でもショッピングとなるとバーチャルじゃなくて、ホントにお金を使うことになるんだから、注意しなくちゃ、と思うのだが、実際にお財布からお金を出して支払うのと違うから、ついついポチッと・・・・。
 近所の本屋がいけないんだぁ〜!(>0<)だからアマゾンに行ってしまったんだぁ〜!(この期に及んでひとのせい?!)なんなんさんお薦めの高橋和巳の「悲の器」とブローティガンの「不運な女」を注文してしまった。で、そこでやめれば良かったんだけど、息子が「アヴァロン」のサントラ捜してなんて言うものだから、ちょっとそっちのほうへ行ってみたら、余計なものまで見つけてしまって・・・。「攻殻機動隊」のいちばん最初のサントラまで買ってしまった。(だってこれだけ持ってなかったんだも〜ん)他にも押井守のなんたらをたくさん紹介してくれちゃって、さらに深みにはまりそうなところを、必死で現実へ戻ってきた。アマゾンの「この本を買った人は、こんな本も買ってますよぉ〜」というあれ----親切にもほどがある。
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by nyoirin | 2005-12-10 12:54 | 本・読書

一周年 12.8.thursday

 気がついたら、今日はこのブログのお誕生日だ。アッと言う間の1年。ジョン・レノンが亡くなって25年。そして聖乙女の日でもある。
 そんなこと(聖乙女などと)を言っている私は、今またあらためて「般若心経」を読んでいる。禅宗のアプローチもさることながら、やはり密教ということで、弘法大師空海の「般若心経秘鍵」。難しい。まず字が読めないし、漢文もわからない。が、親切な現代語訳が出ているので、やはりそちらのほうから読んでみている。もちろんここ15年あまり心経はずっと読んできているが、いくら読んでもわからない。またこれからもずうっと読んでいくことになるだろう。きっと、来年も再来年も10年後もずっと、生きていれば同じことを言っているだろう。
 それにしても、さっきは「聖乙女などと言っている」と書いたが、どこを読んでも、同じことを言っている気がする。みんな同じことを言っている気がする。
 「同行二人」は「偉大な友」と同じなのではと思うし、だから「同断無明破魔軍」と言ってくださっているのではないか、とか。それはかの霊的指導神父とお大師さまは同じことを言ってくださっているのでは、とか。こうしている意味は、やはり私たちがみな「亡命者」だからではないか、とか。とかとか・・・
 とか、と言っている場合ではないこともなくもないのだ、この状況。仕事しなくっちゃ。年末進行。そして去年とこれも同じこと、掃除しなくっちゃ。あああ、ものすごいことになっているこの部屋!現実はなんともはや。表層の黒猫じゃぁ〜!
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by nyoirin | 2005-12-08 16:16 | 日記

2015.4.1.より、身の回りの小確幸(小さいけれど確かな幸せby村上春樹)を見つけてつぶやきます。


by nyoirin