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夢  06.3.30.thursday

 今日は久しぶりに夢の記憶が残っている。
 多摩センターの駅から、歩いて丘を登ってゆくと、新しく丘の上になぜか関西学院大学が出来ている。私は今日からそこの学生。選択科目の申し込みなどをしようと大学の玄関を入ると、学長が学生ひとりひとりのために、木の板に毛筆で言葉を書いて配ってくれている。なんとその学長は野際陽子だ。学長は私にも手書きの木の板をくれた。私へのそのお言葉は「笑顔のありがとうにつられて、つい笑顔でありがとうを返してしまうものですね。あなたの勝ち」と書いてあった。微妙にドラマ「トリック」と「ドラゴン桜」の影響がうかがえる気がした。
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by nyoirin | 2006-03-30 23:55 | 日記
 「白夜行」。最初からちょっと感情移入が出来なかった。まんま最終回を迎える。途中何度もやりなおせるチャンスがあったじゃない!最初の犯行は情状酌量の余地が山のようにあるでしょ?でもさ、そのあとの犯罪は、りっぱな犯罪だよ。許されないよ。どんどん罪を重ねていっているのだから、最初の罪の時効なんて、なんの意味もなさなくなっているんじゃないの?とても気の毒な星の下に生まれたってことはわかるよ。実の親に売られて、実の親がその子を買ってたなんて、ホントに酷い話だよ。だからってそのあと、女友だちを暴行したり、その罪を友だちになすりつけたり、女子銀行員を騙したり、松浦を殺したり、ひきとって育ててくれたお母さんに真実を知られたからって殺したり・・・、っていうその後の様々な犯罪の理由にはならないと思う。
 笹垣(武田鉄也)の執着心にも納得がいかない。なぜあそこまで執拗に追いかけるのか。最後に「あのときつかまえてやれなくて、すまんかったのう」なんて言って泣いてたけど、その前に、幼い二人がなぜああいう犯行におよんだかの、最初の二人の心情への配慮がひとつもないのはおかしいのではないか。それを知ってなお、「あの二人に同情の余地は微塵もない」などと断言している。想像力がなさすぎるのではないか。途中で部下を死なせることになったのも恨みに拍車をかけたのだろうけど、それもあまりに執拗に追いかける自分のせいだとも言えるのに、それもみんなりょうじとゆきほのせいにして、さらに執念を燃やす。柏原のゆきほの大学時代の先輩も、えり子が幸せになったからと言って、真相を知りたいとか言い出して、笹垣を訪ねる。それでかえってえり子はせっかく結婚して静かに暮らしはじめたのに、笹垣に呼び出されて事情を聞かれたりして、思い出したくないことを思い出させられて、イヤな思いをする。おかしいじゃない?柏原くん。(役の名前を忘れた。柏原くんが悪いんじゃないんだけど)逆でしょ。えり子の幸せのために、もう忘れるのが彼女を思えばこそじゃないの?
 と、挙げればきりがないほど、私にとってはつっこみどころ満載の、全く不完全燃焼の作品でした。東野圭吾の作品は、映画「秘密」も観たけど、同じような感想を持った。設定が先にあって、あとからそのために人物をあてはめていっている、という感じが否めない。ある謂わば究極の状況みたいなものがまずあって、それが描きたいたいがために、そのほかの全てはあるみたいだ。それがどうしても不自然に感じられてならない。主人公たちが苦しそうにすればするほど、観ているほうは白けてしまう。普通だったら、いくらでも選択できるのに、あえて自分から苦しいほう悪いほうを選択しているだけじゃないかと思う。×でしたね。

 「小早川伸木の恋」。これも全くの不完全燃焼です。なあに?あの最終回。花名は全くイタリアには見えないイタリアのつもりの花屋さんで、にっこりしながら空を見上げる・・・。いっぽう日本では、離婚が成立した二人。「時間があるなら、久しぶりにランチでもどお?」「いいねー」---「パパー、ママー」「みいちゃーん」うふふ、あはは・・・。なんじゃこりゃー。なにおかいわんや。どこが恋なの?何が?
 これも×でしたね。

「夜王」。実は4回目ぐらいから見なくなってしまいました。なんか、興味を失ってしまった。「時効警察」はしっかり観たのに、いつのまにか金曜日が終わってしまい、気づくと「夜王」を忘れてしまってました。したがって、ノーコメント。

 ちょっと遅いけど「氷壁」。これもあんまりいただけなかったかな。まず、鶴田真由が主要な男たちを惑わすことになる魔性の女に全く見えないということ。それからドラマ作りにがんばったのはわかるけど、それがかえって切なかったこと。最後がなんの盛り上がりもなく、ふう〜んな感じで終わったこと。など、全体に期待外れ。まあ、それほどひどくもなかったということで、△です。
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by nyoirin | 2006-03-29 23:21 | 映画・ドラマ
 2月23日に芽を出したチューリップが花を咲かせました。気がつけば、ちょうど一ヶ月です。やっぱり一番最初に芽を出したのから咲いてゆくんですね。このあと続いてつぼみをつけているのがあるので、きっと咲いてくれると思います。ショート丈の種類なので、ちょっとかわいいでしょ。
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by nyoirin | 2006-03-23 17:37 | 身近な風景
 ああ〜っ!!「アンフェア」最終回!ちょっとぉー、安藤だけはやめてって言ったでしょー。先週の時点で佐藤和夫(香川照之)がまさに真犯人さーの場面で終わったので、佐藤の線は消えたとは思っていた。そこで残った中で怪しくないのが犯人だから、安藤と三上と雪平の父親ど同僚の年輩の刑事の三人のうちの誰かとしか、考えられなくなった。
 先週見終わったとき、安藤だけはやめてほしいと願った。でもね、話の流れでは、その三人のなかだったら、安藤が一番ビックリで悲しくて、ドラマとしては盛り上がるよね、っていうのは、ドラマ好きとしてはわかっていたさ。でも、雪平と安藤のコンビがあまりにも良くて、素敵になりかけてて、安藤の雪平に対する「尊敬と愛」が切なく伝わってきていたから、それが真実なら、辛い!辛すぎるわ〜!と、思っていた。
 あ”〜〜っ。そしたらやっぱりだったぁーー!刑事ドラマで泣いたのは久しぶりだ。
 ストーリーは納得だった。真犯人の動機もしっかりしていた。これなら、仕方ないと思わせる必然性がきっちり描かれていたと思う。安藤があまりにもかわいそうだった。でももう何人も殺してしまっているから、やっぱり許されないのだと自分に言い聞かせながら観た。かおるちゃんが「献杯」と言ったとき、もう号泣に近く泣いてしまった。ホントに切なかったなー。
 瑛太くん、上手かった。佐藤が死んでいなかったことを知った瞬間、正体を現わすところの表情、パチンコ店の店長にとどめを刺そうとして、雪平と対峙したときの表情。その表情の変化。とても素晴らしかった。
 最初見始めたときは、一話完結じゃないのでちょっと「ひっぱるの〜?」だったし、篠涼の雪平がちょっとステレオタイプかな〜、みたいに感じたのだが、最終回前2〜3回は勢いがついてきて、目が離せなくなった。終りに近づくにつれ、それまで別々だと思われていた事件が、実はひとつにつながっているのでは?とわかってきて、それぞれの犯人も次々殺されていき、その度ごとに新しい謎が出現する。最後まで見る者の心をつかんで離さなかった。そして見事にその流れにふさわしい結末だった。今場所当初の期待は薄かったのだが、ラスト近くに5人抜きして見事銅メダル獲得!ぐらいの勢いだと思う。



 WBCについてひとこと。こちらも始まった当初はまったくなんの期待もしていなかった。予選リーグもことさら見ようとはしなかった。だが、日本対アメリカの、あの問題のシーンをたまたまライブで見てしまったのだ。やってくれましたディビットソンくん。試合後の各テレビ局の朝のニュース・ショーのほぼ全てのキャスター、コメンテーターが激しく怒っていた。見ていた私もうちの息子たちもやっぱり怒っていた。それから、選手も関係者もメディアも視聴者もかなり数の日本人が急にナショナリストになってしまった。そのあとの昨日の決勝戦までのことは、ここで今さら書かなくてもみなさまよくご存知だろう。
 私がなにより今回驚いたのは、イチローだ。今回のことで、私のイチローに対するイメージはずいぶん変わった。日本にいた頃もMLBに移ってからも、常にクールだったイチローが、あのイチローが、あんなに感情をあらわにするなんて。あんなに素直に怒りを表わすなんて。あんなに子どもみたいに嬉しそうにはしゃぐなんて。
 そしてイチローだけじゃなく、メンバー全てがなんてかっこいいんだろうと思った。ディビットソンくんのおかげで、チームが一丸となって、ホントのプロの力を見せてくれることになったんだと思う。そう思うと、ディビットソンくんありがとう、かもしれないのだが、まあ、この審判のことも含めて問題はいろいろとあるので三年後にはそのへんを改善してほしい。でも、アメリカは今回のことでやる気をなくしちゃいないよね。
 
 
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by nyoirin | 2006-03-22 15:47 | 映画・ドラマ
17,18日と二夜連続で「女王の教室」特別編が放映された。いや〜、まず感心したのは、子役のキャスティングの良さ。一話目「堕天使編」の池内役の子といい、二話目「悪魔降臨編」の宮内役の子といい、表の顔と裏の顔がある子どもにピッタリだった。不自然なくらい善人面の笑顔が二人ともとっても上手だった。
 しかし、何より素晴らしかったのが、天海だ。本編で、黒ずくめの「悪魔のような女教師」と主人公神田和美に言わしめた阿久津摩耶が、真に阿久津摩耶になってゆく変化の過程を、なんと見事に演じ切ったことだろう。あの、六年三組の教室に初めて担任として一歩を踏み入れたとき、摩耶の心中が実はどうであったか、二話目の最後に語られるのだが、摩耶が、そのときどんな思いを胸に、心を鬼にして新しいクラスに臨んだのかを、見る者はここで「こんな思いを経て、ここにつながるのね」と始めて気づかされ、涙するのだ。そして続くエンディングロールのバックに、本編での様々なエピソードの場面が映し出される。そこでもう一度六年三組の戦いの一年を思い出すのだ。
 天海が上手いのは、映画「連弾」で思い知ったのだが、今回あらためてそれを再確認した感じ。初めて担任を持たされた初々しい新任教師の頃の彼女は、私たちの知っている阿久津摩耶とは、顔は同じなのに、全くの別人。そのあまりの「全くの別人」ぶりに私は脱帽だ。もちろん、演出の力もあるだろう。最初は明るいパステルカラーの服に髪もウェーブがかっていて、若くて溌溂としているところを良く表わしていた。そしていろいろなある意味恐ろしいことを経験してゆくうちに、服もグレーを選ぶようになり、髪も後ろで(まだ軽くだが)結ぶようになる。そして最後に全身黒ずくめで髪をきっちりアップにまとめた完全体の阿久津摩耶が完成する。まるで幼虫からサナギを経て成虫へと脱皮してゆく昆虫のように、見事に変化していった。素晴らしい。ブラボー!天海!である。


 ケーブルTVの日本映画チャンネルで「雲のむこう 約束の場所」を観た。映画館で見逃していたので、このチャンスを逃すまいと思った。
 新海誠監督の前作「ほしのこえ」も(確か同じチャンネルで)観た。そして「雲の〜」・・・う〜ん、はっきり言って、すごいけど、私の好みとはちょっと違うかな〜、という感じ。(あくまで私の好みですからねー)ここまで観念的だとちょっとなー、と思ってしまう。
 「ほしのこえ」のほうが、より観念的であったとは思う。ほとんどなんの説明もなく、淡々と少年と少女の日常が語られてゆく。少年はこの地球から、少女は何光年も離れた外宇宙から、メールのやりとりをする。何光年も離れているので、(正しい数字は憶えていないが)メールの一往復に何年もかかってしまう。おまけに少女のほうは戦闘員だ。外宇宙で地球外生命体の某かの軍のようなものと戦っている宇宙船のパイロットだ。少女の日常は過酷きわまりない。戦況は芳しくなく、地球軍だか連合軍だかの戦いは、優秀らしいその少女の細腕にかかっている。そんな中でも、二人はその細くてはかないメールという一本の絆で固く結ばれている。二人を隔てる果てしない距離にも気の遠くなるような時間にも、二人は必死に抗い、必死に絆を持ち続けようとする。映像は切なく美しい。
 「雲の〜」は、何よりまず、映像だ。なぜここまでこだわる?!と叫びたくなるほど「光」にこだわっている。逆光、反射光、光の残像・・・。あまりにも空気が澄み切っていて、あまりにも陽光が強すぎると、空は「青」ではなく「黒」もしくは「グレー」になるのだな、ということをあらためて思い出させられた。そしてその映像と同じように美しい音楽がかぶせられてゆく。ともすると、その手にまんまとはめられて感動している気分になりそうになる。しかし、監督が自らのこだわりに没入してゆく映像をこれでもかこれでもかと続けざまに見せられて、だんだん疲れてゆく自分に気づいた。あまりのも過剰な「光」の表現に、次第についてゆけなくなった。やがて私はついてゆく気もなくなり、いつまでも続いてゆく映像を遠くから少し白けた気分で見ていた。
 確かに「ほしのこえ」に比べて、「雲の〜」のほうがテーマもストーリーも、より明確にはなっていると思う。平行宇宙概念とか南北分断とか「ほしのこえ」よりはわかりやすい。だがテーマのこういう「夢」と「現実」との関係性の理論にはなんら新鮮さはなく、既に多くの小説家や漫画家がずいぶん前から描いているし、忘れたくない「大切な記憶」(でも忘れてしまうお約束なの)の話も昔話の頃からある。誤解しないでいただきたいのは、私は、昔からあるものを描いてはいけないと言っているのではない。普遍的なテーマというのは存在するものであるし、だからこそ様々な人がくり返し描くし描きたくなるわけだし。それはいいのだ。ただ、そこに描き手は自分の「何か」を必ず表現すべきではないだろうか。「ちゃんと言ってるじゃん」と言われればおしまいだが、その部分は足りない感じがする。
 つまり、私にとって、映像は過剰で肝心なところは不足していると感じたという訳です。あくまで私にとってですから。私の好みにおいて、ということなので、お許しを。
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by nyoirin | 2006-03-20 00:42 | 映画・ドラマ

大切なもの

逃げないで向き合えば・・・
私の中でも、何かが動きだしました。あらためて、胸に刻んだって感じです。本当に私も、久々に胸を揺すぶられました。大切なもの、いつまでも大事にとっておきたい気持ちです。
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by nyoirin | 2006-03-16 17:13
 夕べは、リアルタイムで観てしまった。でも録画もしてある。あとでまた観たいと思う。
 今場所、「時効警察」がコメディ部門作品賞なら、この「神はサイコロを振らない」はシリアス部門作品賞だ。私は、この「時間と記憶」ものに、めっぽう弱い。古くは「オンディーヌ」から始まって、「天国から来たチャンピオン」「時をかける少女」とか。だから(なんなんさんがボロクソに言ってる)「オルランド」にも惹かれてしまう。小説だと「宇宙のランデブー(アーサー・C・クラーク)」とか「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド(村上春樹)」とかもこの仲間に入るかな(あと「庭」というキイワードも私にはあるので、「世界の終り〜」はそこでもヒットしてしまうのだが)、マンガだと「イティハーサ(水樹和佳)」とかとか・・・他にも挙げればきりがない。自分で気がついたことに、どうも私のキイワードは「親子」と「記憶」(あと「庭」ね)らしい。そこで、「神は〜」はバッチリ私のツボにはまってしまった。
 最終回。そりゃ、どうなるんだろう、402便の乗客乗員たちは?ホントに消えちゃうの?それって死ぬのと同じなの?っていうのがメインなんだろうけど、私はそれぞれの関係性が哀しくて美しくて有り難くて、今こうして書いていても涙が出てきてしまううくらい、「観て」しまった。
 そのときがきた、そのときのそれぞれ・・・。とても上手く描けていたと思う。ともさかの「あっち」が消えてしまったところは、特に秀逸だった。ホントに、こうかもしれないと思わせる表現だった。今の今まで、この「ここ」に居たのに!という残された者たちの気持ちと、人の存在のはかなさとが、私の胸を打った。
 「また、会おう」「また、会おうね」・・・「またね」
 また、会うのだということを、私も信じている。この物語は、私にとっては真実だったし、真理だった。私が読み取ったこの物語の中の真実を、私は忘れないと思う。
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by nyoirin | 2006-03-16 16:23 | 映画・ドラマ
 先日、合間をかいくぐって「フライトプラン」を観にいった。うちの近くのシネコンでは、もう上映が一日三回(朝二回、夜一回)になってしまっていて、もうすぐ終わってしまいそうな気配に満ち満ちていたので、必死だった。
 いつものように、私としてはショーン・ビーンが出ていればいいのだが、一応映画としての感想も書いておこう。
 はっきり言って、ジョディー・フォスターじゃなかったら三流以下の作品だったと思う。
 飛行機に一緒に乗ったはずの娘が、母親(ジョディー・フォスター)の寝ている間にいなくなってしまう。当然母親は捜す。フライトアテンダントや機長にも、娘の捜索を頼む。あちこち捜しても見つからない。そのうち、そもそもそんな娘など、初めから搭乗していなかったのではないか?母親の妄想なのではないか?---というサスペンスな前半と「さあ!ここからジョディーのアクションですよー」以降の後半と、カラーが全く違う。怪しいぞ怪しいぞのカットがあちこちにちりばめられているが、全部思わせぶりなだけで放おりっぱなしだし、半ばで真犯人も共犯者も知らされるし、ひとつのハラハラ感もドキドキ感もなし。爆弾を運ぶのに棺が必要だったとかでジョディーのダンナは殺されたらしいのだが、とっても計画的な犯行らしいのに、なんでわざわざ飛行機に詳しい女性のダンナを選んだの?返って犯行の妨げになるんでないの?というところからして、「ああいう飛行機内のあちこちの映像が欲しかったからだけなの〜♪」という必然性がまるで感じられないところが、なんとも言えない。
 後半のジョディーのアクションは、脱出ポッドの中でエイリアンと一対一の勝負をしなくてはならなくなったときのリプリーを思い出した。でも、ジョディーの相手は頭の悪そうな男なので緊張感なし。せいぜい良かったのは、意気地なしのフライトアテンダントをジョディーが正拳づきするところぐらい。
 テンポも展開もストーリーそのものも、どこをとってもいいとこなし。
 とはいえ、私は、キャプテン姿のしょーんさまを観にいったわけで、それだけで満足なんだけどね。どんなスターのファンでも、一度は着ていただきたいコスチュームでしょ〜。お節介でしたり顔のセラピストがしゃしゃり出てきたときは、しょーんさまはまたしても犯人の仲間なのか?!などと、一瞬疑ってしまったが、違ったわ〜。最後はちゃんと謝ったし。そのシーンでもう一度しょーんさまをじっくり見られたから嬉しかった〜。
 でも、映画としては、あのラストは意味なく長いだけで、全くよろしくなかったわ。エンディング・ロールも意味なくやたら暗かったし。映画としては、ダメダメくんだった。
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by nyoirin | 2006-03-15 17:03 | 映画・ドラマ

「アンフェア」

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 今日はこれを聞きながら仕事をしている。「SURVIVOR/DESTINY'S CHILD」。篠涼の「アンフェア」でクライマックスにさしかかると、この「SURVIVOR」のイントロが流れる。毎回「かーっこいい!」と思ってた。そしたらデスチャだったのね。遅いって。あんまり仕事向きではないんだけれど、まるでアマゾネスそのもののようなお姉さまがたの力強さに励まされて、がんばれる、といったところです。

「アンフェア」。物語もいよいよ佳境ですね。この2〜3回はとくに勢いあります。目が離せません。毎回どんでんどんでんでビックリ。大好きなたえたえ(木村多江)が「ええ〜っ!?」だったし、そしたら今回おいしい役じゃんと思ってた浜田まり(ハスミ役)が「ええ〜っ!?」で、前回そのハスミが「ええ〜っ!?」となって、じゃあ、これはもしかして、やっぱり?え?そうなの?みたいなことになってきてて、もう大変!(もしかして録画しててまだ見ていない人がいるといけないと思って、ネタばらししないように努めているのですが・・・わかっちゃうかな、これじゃ)
 それでこの「ええ〜っ!?」のときにかかるんですね、この「SURVIVOR」が。とぉーってもグッドなんですね、これが。
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by nyoirin | 2006-03-12 17:20 | 映画・ドラマ

初鳴き 06.3.12.sunday

 今日さっき、ベランダの前に鶯が今年初めてやってきた。「初鳴き」!まだ上手じゃない。毎年、この辺で練習するんだよね。「ケキョ、ホーケキョ」みたいな感じだった。あ〜、春なのね〜。
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by nyoirin | 2006-03-12 13:59 | 身近な風景

2015.4.1.より、身の回りの小確幸(小さいけれど確かな幸せby村上春樹)を見つけてつぶやきます。


by nyoirin