<   2009年 03月 ( 5 )   > この月の画像一覧

ドラマ最終回

『トライアングル』の最終回。
予想どおり、小日向くんが犯人でしたね。
なにゆえ、10歳の女の子を殺さなければならなかったのかも、妹を自殺に追いやった者への復讐ということなら、納得がいく。
小日向くんだったら、郷田の怒りの激しさにも納得がゆく。
まあ、面白かったのではないでしょうか。○。

『ありふれた奇跡』
山田太一御大の定石通りで、最終回で一同が会する場面がラスト近くに設けられる。
大きな起伏はないストーリーだったが、今生きているこの日常を、人間の心の動きを、きめ細かに描きこんであって、とても胸に滲みた。
一同に会したあと、再びそれぞれの日常の情景が次々に映し出される。
私としては、最後に二人のツー・ショットのカットが見たかったな〜。
けど、花○三重○だ。

『銭ゲバ』
こともあろうに、最終回を見逃した。
なんということ!?私にしては、あるまじきこと!
ですので、何も書けません。ごめんなさい。

観ていたのはこの3作品。不作だったわね、今場所も。
しかしながら、春からのクールは、さらに期待が持てなさそう…
月9もなんも、どれもこれも、パッとしない。食指が動かない。つまんない。

ちょうど、土踏まず月間中だし、仕事に打ち込みます。お金にはならない仕事だけど、おかげさまで。

相変わらず徒労ですが、何か?
[PR]
by nyoirin | 2009-03-26 15:02 | 映画・ドラマ
今場所観てるドラマのうち二つ、『トライアングル』と『ありふれた奇跡』が来週最終回を迎える。

『トライアングル』。毎週誰か一人死んでゆき、いったい25年前佐知恵を殺したのは誰?ときて、ラスト前、父である大杉漣が、やぱっり犯人だよーとあまりにも強調するので、この線は消えたと思った。じゃあ誰? ここまできて、まだ一度も登場していない警察の大幹部なる人物が出てきてー、なんて掟やぶりなことはあるわけない。
で、ずっと観てたら、ラスト近く、小日向くんの丸すけが、「中畑のカードだよねー。あの頃人気あったもんなー」と言ったところで、郷田がなにかに気が付いたようにハッとする。
そうだったのか!犯人は、丸すけだったのだ!中畑の野球カードだったってことは、犯人しか知り得ないことなんだよ、きっと。あの郷田の宝箱から消えたカードが、なんだったか、知ってるのは郷田本人と、犯人だけなんだ。
そう思って、いろいろ思い返してみると、上海だって丸さんは行けたし、大杉漣の愛人宅を突き止めて、情報を流したのも丸さんだし、従って大杉漣を陥れるために、あらかじめ幸の兄を殺したものと同じ毒物をその愛人宅に仕込むことだって可能だ。あんなにわかりやすく隠しておくわけないじゃない。「経験上、愛人宅から証拠が出ることが多いんだよねー」とか言って、わざと郷田と黒木ゴローちゃんと一緒に捜索に行ってさー。
幸が、撃たれたときだって、あそこに幸を、自分の拳銃が無くなった、郷田が盗んだんだ、お父さんを殺すつもりだ、って言って行かせたのもみんな丸さんだし。実際「まぎれてた」とか言って、その拳銃は出てきたし。あのとき拳銃を持ってきた上司の態度だって、変だったもの。

丸さんは、実は警察のすごい幹部で、身分を偽ってあの所轄に潜入したのだ。25年前の真相を本当の闇に葬り去るために。
殺人の動機がなんだったのかは、わからないけど、それは真犯人が誰だったかということとともに明かされるはず。
『トライアングル』の意味もあるしね。何が、トライアングルなのかも、きっとわかるはず。
「そうだったのかー」と、ちゃんと納得させてほしいものだ。

なんちって〜。
すっごい見当はずれかもね〜。
でも、先週まで観ていて、私はこう思ったのさー。
さて、真相は如何に?!
[PR]
by nyoirin | 2009-03-14 20:02 | 映画・ドラマ

イメージ・トレーニング

土踏まず月間第8日目。

この2年弱、私はずっとイメージを温めてきた。それを今、見える形に創っているところなのだが。これまでほぼ毎日、頭の中でシュミレーションをしない日はなかった。この間、実際に筆を手にすることはなかったとしても、今久しぶりに始めて、ほとんど何の支障もなく、仕事が進められている。
所謂、『構想を温める』とか『構想を練る』という作業のおかげだ。(むろん、鉛筆でのラフは描いたが)

ところが、先日、このことを、笑われることがあった。
その相手も、物を作っている人なのだが、「それなら私だって頭の中でなら、素晴らしい作品が山のようにできあがっている!あなたはおかしい」と、その人は言って、大笑いした。
私の言ったことは、そういった、頭の中であれこれ素敵な作品を思い浮かべるようなことではなかったのだが。
私が、「そういうことではなくて、」と補足の説明をしようとすると、その人は、「またその真面目に言おうとするところが、さらにおかしい」と私を指差して笑うのだった。頭の中でなら、どうとでもいくつでも素晴らしい作品を作れるに決まっているじゃないかと、その人は言うのだ。それを、私がおお真面目に言っているのが、実に笑ってしまうのだと。
私は馬鹿にされたような気がして、内心少なからず腹を立てたわけだが、その人は、同席していたもう一人に同意を求めつつ、いつまでも笑っているので、これ以上説明するのをあきらめ、そのまま黙った。
自然に、話はその二人の間で別の話題に移っていったので、私はそのままその話に耳を傾けるふりをしていた。

私は、つくずく、人が人を理解することは難しいのだと思った。
同じ、物を作るというある意味リンクする部分を持っていると思われる同士でも、理解しあえないのだから。
目に見えない部分で、どういう作業をしているか、説明することの難しさ。私がまた上手く説明できなかったということもあるだろうが。

私は、狭些な自分の経験上だが、実際に筆を執りキャンバスに向かえない時間が長く続いたとしても、その間心で『自分の絵』と繋がっていれば、再び描けるときがきたときに、あまり時間を要さずとも描く体勢が出来上がるものだ。へその緒で絵と繋がっているというか、丹田で繋がっているというか。

村上春樹が、チャンドラーの『ロング・グッドバイ』の訳本の後書きに、チャンドラーの言葉を引用している。
「少なくとも、一日に4時間くらいは、書くか何もしないかのどちらかの時間を設定する。
もし、書く気が起きなかったら、無理に書こうとする必要はない。
窓から外をぼんやり眺めても、逆立ちをしても、床をごろごろのたうちまわってもかまわない。
ただ、何かを読むとか、手紙を書くとか、雑誌を開くとか、いったような意図的なことはしてはならない。
この方法はうまくゆく。
ルールは二つだけ、とても単純だ。
a)無理に書く必要はない。
b)ほかのことはしてはいけない。
あとのことは、勝手になんとでもなってゆく」

これに対して村上春樹は、
「彼のいわんとすることは、僕にもよく理解できる。職業的作家は日々常に書くという行為と正面から向き合っていなくてはならない。たとえ実際には一字も書かなかったとしても、書くという行為にしっかりとみぞおちで結びついている必要があるのだ。
それは、職業人として徳義に深くかかわる問題なのだ。おそらく」
と言っている。

私がそのとき言いたかったことは、こういうことなのだ。
皆さんには、わかっていただけるだろうか。
[PR]
by nyoirin | 2009-03-12 17:20 | 日記

土踏まず月間第三日

今日は、出かける用事がないので、朝から仕事。
おかげさまで、嬉しくて、嬉しくて、仕方ない。
自分の性向を再確認する。
お供は、アルバン・ベルグ4重奏団。朝からずっとベートーヴェン。
お気に入りの15番に加えて、今『大フーガ』にはまっている。
リピートにして、何回も聴いている。頭の中が、ぐるぐるしてくる。
15番の3楽章は感謝と癒し、『大フーガ』は挑戦。なんちって。
そう感じるのは、今の私の状態がそうだからかも。再起動(再々起動?)したばかりだからかも。


c0009212_15391198.jpg

[PR]
by nyoirin | 2009-03-07 15:41 | 日記

つ、ついに!

あっという間に、またまた時が流れ、早くも三月です。

何が、「つ、ついに!」かと言うと、我が仕事部屋の三年越しの大掃除が、今日ついに完了いたしました。
かといって、デジカメで撮ってこの場に提示することは、はばかられるのだ〜。
なぜって、なぜって、世間的レベルで言ったらきっとちっともきれいになってないじゃん?!程度だと思うから。
それでも、これで取りかかれるようになったのさー!

久しぶりに、なんだかワクワク・ドキドキよ♡
また実際やってみないと、感覚がどうなっているか、わからないけど。去年の暮れあたりから、構想はずっと頭の中には生まれてたから。それに、二年前より1ヶ月早いから、大丈夫だと思う。
だけど、サイズがね、初めてなの。だから、きっとわからないところが出てくるかもしれない。でも、『新しいことに挑戦!』だから、やってみようと思うの。

二年ぶりの、『土踏まず月間』の始まりだ。
[PR]
by nyoirin | 2009-03-05 22:47 | 日記

2015.4.1.より、身の回りの小確幸(小さいけれど確かな幸せby村上春樹)を見つけてつぶやきます。


by nyoirin