<   2009年 04月 ( 3 )   > この月の画像一覧

高橋たか子と村上春樹

TVがつまらないので、必然的に読書の時間が増える。
土踏まず月間を粛々と遂行しつつ、これまでドラマを観ていた時間に、村上春樹を読みなおしている。
暗黒山一号から、『風の歌を聴け』『1973年のピンボール』『羊をめぐる冒険』を発掘することがかなわず、とうとう文庫でそろえてしまった。
その三作一気読み。そして驚くわたくし。

私は、高橋たか子と村上春樹を、とてもとても敬愛している。この二人の作品に出会わなかったら、ささやかではあるが私のこれまでの人生は、必ずや違ったものになっていたであろう。
かねてから私は、高橋たか子と村上春樹を手近に置いて(って、ハルキのこの3作品は”手遠”だったけどさー)、ときどきひとり高橋たか子フェアとひとり村上春樹フェアをして、何度も何度も読み返しているのだけれど、村上春樹のこの2作品は、そういった事情から、読み返したのは実に27年ぶり!!『羊〜』は、88年に読み返している。

初めて出会ったのは、1982年の12月3日(読書記録より)。この日に『風の歌を聴け』を読み終えている。
(高橋たか子との出会いはそれより一年先で1981年4月24日に、私にとっての高橋初体験の『怪しみ』を読み終えている。)
今回久しぶりに読んでみて、最初から、”井戸”が重要なものとして登場していることに、驚いた。
私は、この”井戸”を、かなり頻繁に思い出すというか、思い浮かべている。

”井戸”は、高橋たか子も象徴的にその作品に登場させている。
人間は、一人一人、意識するしないにかかわらず、その存在の底に井戸を持っていて、その井戸の底は、内部の海に通じていると、高橋たか子は言う。

「波子は自分の掘っている井戸とはすこし違った場所で、この女が掘っている井戸に感心し〜」
高橋たか子著『装いせよ、わが魂よ』より

高橋は、この”井戸”をたびたび”存在の井戸”と称し、潜心することによってそこに降りてゆくという。そしてそれはやがて集合的無意識ににも似た”内部の海”へと通じる道、道とも呼べないところを通って、その海へ出て(?)ゆくことになる。

”井戸”は、村上春樹の『風の歌を聴け』に、まず火星の井戸の話として、登場している。
また、
「ある日、何かが僕たちの心を捉える。なんでもいい、些細なことだ。バラの蕾、無くした帽子、子供の頃に気に入っていたセーター、古いジーン・ピットニーのレコード……、もはやどこにも行き場のないささやかなものたちの羅列だ。二日か三日ばかり、その何かは僕たちの心を彷徨い、そしてもとの場所に戻っていく。……暗闇。僕たちの心には幾つもの井戸が掘られている。そしてその井戸の上を鳥がよぎる。」
村上春樹著『1973年のピンボール』より

私は、今回読み返すまで、最初からこうして既に、村上春樹も”井戸”を書いているいることを、全く憶えていなかった。
村上作品の”井戸”といえば、まっさきに思い出すのは『ねじまき鳥クロニクル』の井戸だ。主人公は空き家の庭に打ち捨てられた井戸に降りていき、また別の男はノモンハンの井戸に閉じ込められてしまう。『〜クロニクル』では、”井戸”は明らかに異世界へ通じる通路だ。”井戸”とは何か?異世界とは何か?
最初から、彼の作品には、こうして”井戸”が登場していたのだ。

>そしてもとの場所に戻っていく。
心に掘られた井戸を通して、もとの場所にもどっていくのだ。この”もとの場所”こそ”内部の海”(引いては真実の”海”)ではないだろうか。そして、『〜クロニクル』の異世界もまた、”内部の海”なのではないだろうか。
面白いと思うのは、”そこ”が、村上春樹は、しかし”海”ではなく、しばしば”森”であるところだ。
村上の”森”は、高橋の”海”だと、私は思う。

私は、密かに、その先のそこを”そもそもの場所”と呼んでいる。
”そこ”は、本来言い表しようのないところだ。森”もしくは”海”は混沌とした、聖も邪もまじりあった、時間も空間もないところだ。”そこ”は、”森”もしくは”海”の密林もしくは底を通り抜けた、私たちが生まれる前にいたところ、そしてまた、帰ってゆくところ。
”森”もしくは”海”は、”そもそもの場所”に至る途上に、大きく広がっているところでは、ないだろうか。

村上春樹は、ずっと、”森”との境界を描いてきた。
今読んでいる『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』では、”世界の終わり”という名の”森”と”ワンダーランド”という名の”井戸”との関わりあいについて描かれていると、私には思える。そして主人公の”わたし”は、その境界で永い眠りについてしまう。
その後、『スプートニク』では、彼女が、”森”に行ったまま帰ってこなくなってしまう。
その後もずっと、境界をめぐって、行ったり来たりを繰り返しながら、主人公たちは、思いあぐねている。
だが、『海辺のカフカ』で、ついに、カフカくんは、はっきりと自分の意志で、”森”から”井戸”を通って帰って来、かつ現実の世界で生きてゆくことを選択する。彼は、自分の現実である東京へ戻るべく、四国をあとにするところで、物語は終わっている。
真実の”森”は、生きながらにしては、決して行き着けるところではないからであり、であるにもかかわらず、”そこ”に至ろうとしながら日々生きてくことが、我々の生きるということだからだ。

一方高橋たか子は、常に”海”の方向しか観ていない。
高橋は、”海”をさらに潜ってゆくと、底がほの明るくなっていると言う。
その向こうに、真実の”海”があるらしい。もはやそこは、”海”でもないらしいが。
常に常に、”そこ”に至らんとしている。だが、彼女もというか、彼女こそ、”そこ”は生きながらにしては、決して至れないところであることを知っている。であるにもかかわらず、常に至ろうとしてやまないのだ。
受洗にあたり、一時は筆を折ったが、日本に戻ってきてからの著作は、常にこのことに言及している。日々、”井戸”を掘り、そこに潜心し、”海”をもさらに潜り、”そこ”に至らんとしている。
十字架上のヨハネとアビラの聖テレジアを霊的指針として。
彼女もまた、そうして日々、生きることを生きているのだ。

こう書くと、高橋と村上は、一見、方向性が逆のように見えるかもしれないが、実はまったく同じなのだ。
一度森に踏み込んだあと、引き返し、現実世界で生きようとすることと、視線の先に”そもそもの場所”があって、そこから目を外さないで生きようとすることは、同じことなのだと、私は思う。

私もまた、高橋たか子と村上春樹を指針として、また、ずっと先をゆく偉大な友として、日々自分の井戸を掘り続け、”そこ”に至ろうと試み続けようと思っている。
そのあらわれの「土踏まず」と『ひとり村上春樹フェア」かなと思う。
[PR]
by nyoirin | 2009-04-11 13:08 | 本・読書
4月も、早くも中旬にさしかかろうとしている。
今場所のドラマ。・・・・・・はぁ〜(ためいき)
こんなに、食指が動かない場所は、そう多くはないぞよ。
月9は、中居くんらしいけど、『婚カツ』でしょ。今夜二回目放映のNHKの土曜ドラマの『こんかつ・りかつ』だよ。桜井さっちゃんが主役だけど。みんな同じようなこと、思いついてしまうってことなのかしら?
あんまり興味が湧かないんだよね〜。
オダギリ・ジョーの出るのは、兄妹の話でしょ。しかも妹が長澤まさみでしょ。オダギリ・ジョーは、いいんだけど、ありえないよ、妹が。そのうえ兄妹の話ときたら、私にとっては金輪際何もひっかかるものがないのよ〜。
阿部ちゃんのは、ポニョののぞみちゃんとで、こっちは父娘の話でしょ。
これもいまいち興味が湧かないぞよ〜。
天海祐希のは、初回はチェックするつもりだけど、あんまり期待出来ない感じ。

なんかさ〜。「おっ?!」って、思わせるドラマが、ひとつもないのよ、今回は。
まださ、夏休みがかぶっているクールでもないんだよ。4月からなんだからさ、もう少し気合い入れて欲しいのよ。だのに、これじゃあね〜。

ちゃんと観るつもりでいるのは、2クール目に突入した『必殺仕置き人2009』と、ついにシーズン4が始まった『デスパレートな妻たち』、それと『天地人』かな〜。
まったく、新しい風が足らないぞよ〜。

いいんだー。面白そうなドラマがないなら、ちょうどいいから、仕事するもんねー。
TVつまんないと、仕事がはかどるさ。
まったくもう、しっかりしろよ、TVってば!
息子たちなんか、TVあんまり観ないよ、もう。
YouTubeとかにこ動のほうが、よっぽど面白いって言って。
TVがんばらないと、若い子は誰も見なくなっちゃうぞ。
[PR]
by nyoirin | 2009-04-10 21:53 | 映画・ドラマ

換気扇、息絶える

先日ついに、お風呂・洗面所・トイレ連動の換気扇が、息絶えてしまった。
それまでも、あえぎあえぎな感じではあったのだが。
ときおり、スイッチを入れても、すぐに動き出さなかったこともあったのだが。
とうとうである。

うちはマンションで、水回りには窓が一つもないので、いざ換気扇が壊れてしまうと、とても困る。
冬場で、乾燥している季節ならともかく、こうしてだんだんと温かくなり、菜種梅雨にでも突入しようものなら、大変である。今日はそれでも、うちら地方には乾燥注意報が出ているみたいだから、まだ良いが。
仕方なく今日まで、扇風機を取り出してきて、入浴後は4時間扇風機をお風呂場の入り口で回し続けた。
でも、出てゆくところがないわけだから、しょうがないので、寒い日もあちこちの窓を開けて対処した。

でも、今日ようやく修理してもらえたのだ〜。
ああ〜(^0^)心地よいファンの回る音。
良かった〜。梅雨時じゃなくてー。
[PR]
by nyoirin | 2009-04-07 14:27 | 日記

2015.4.1.より、身の回りの小確幸(小さいけれど確かな幸せby村上春樹)を見つけてつぶやきます。


by nyoirin