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今年初めての蚊の家庭内侵入のせいで、目が覚めてしまったので、徒然なるままに『1Q84』の感想を書くのだ。夜中なので、気分がハイになって、とんでもないことを書いてしまうかもしれないけど。
ネタばれバリバリありなので、スルーする人はして下さい。

今、2周目でBOOK2の途中だけど、1の方を読み終えた時点で、思うに、どうしたって2を読み終えても、もやもやしたものが残っちゃうなー、なのだ。
『ねじ巻鳥 クロニクル』の『2』を読み終えたときの、もやもやのほうが強かったけどさー。似たようなもやもやなんだよねー。

もしかして、BOOK3が、有りなんじゃないかと思うのだが、どうだろう?
だって、2巻完結なら、上下巻でいいんじゃないの?あるいは前後編。『海辺のカフカ』だって、上下ってなってるよ。
発売予告のちらしには「全2冊」って、書いてあったけどさ。

だって、いろんなことが、ほっぽらかしじゃん。
あんなに冷静沈着な青豆さんが、何故にあそこで死を選ぶか?
第一ホントに、死んじゃったのか?はっきり書かれてないし。
天吾くんは、青豆をなんとしても探し出すと、決意する訳だしさ。
それに、ふかえりだって、戎野先生だって、どうなっちゃったわけ?
小松はどうでもいいけど。
タマルと老婦人だって。
二人は青豆を家族のように愛し、護ろうとしてるのに、その好意をむげに無にするような青豆さんじゃ、ないはずだ。

そりゃあ、村上春樹が「これで完結です」と言うなら、完結なんだろうけど。

BOOK3 <10月-12月> っつうのが8月30日あたりに、出るんじゃないのぉ〜?
今回最初から、全てがひ・み・つ・だったじゃない。
村上春樹も、ノーコメントだし。

ラストより、途中の方が、感動した。
「私という存在の中心にあるのは愛だ。
私は変わることなく天吾という十歳の少年のことを想い続ける。彼の強さと、聡明さと、優しさを想い続ける。彼はここには存在しない。しかし存在しない肉体は滅びないし、交わされていない約束が破られることもない」      『1Q84』 BOOK2 p.113

二人には、ちゃんと巡り会って欲しいんだな。
それじゃあ、あまりにも陳腐だろうか?

流石に頭が固まってきたみたい。
もう寝よう。
お空が明るくなってきたわ〜。
鳥さんて、なんて早起きなんでしょう。
おやすみなさーい。
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by nyoirin | 2009-06-29 04:15 | 本・読書
村上春樹の最新長編小説『1Q84』。早くも2周目突入。
ア○ゾンで予約購入して、まず私が読み、続けて主人が読んだ。主人が、BOOK1を読み終えたので、どうしようかと思ったんだけど、やっぱりもう一度最初から読みなおそうと思って。

予約段階で、すでに予定数完売だなんて。
発売10日で、100万部突破だなんて。
本屋さんで、売り切れて、再入荷未定だなんて。

ここまで売れる理由が、いま一つわからないけれど。
あの『ノルウェイの森』でさえ、発売半年で86万部だったらしいのに。

私がBOOK1を最初に開いたのは、出先の喫茶店だった。時間調整のため、仕方なく入った。
冒頭、ヤナーチェックのシンフォニエッタが流れたので、とっさに思ったのは、今日この帰りに山野楽器にでも寄って、なんでもいいからヤナーチェックのシンフォニエッタが入ったCDを買わなければならない、ということだ。
でも、結局買わずに帰った。なぜなら、家の暗黒山のどこかに、この曲の入ったCDがあったかもしれないと、思い当たったからだ。


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発掘されたのは、こちら。ジョージ・セル指揮/クリーブランド管弦楽団ではなく、ラファエル・クーベリック指揮/バイエルン放送交響楽団のもの。
思った通り、巷ではセル/クリーブランドのCDも、売り切れとのこと。恐ろしや、ハルキ現象!
そして、お読みの方はご存じの通り、さらに読み進めてゆくと、これだけではなく、バッハの平均率もマタイも、聴きたくなってしまうんですね。
で、こちら。

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いろいろなご意見や好みがおありでしょうが、私は、やはりグールドになってしまう。
マタイは、こちら。

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いつものお気に入りである。実はマタイはこれしか持っていない。
復活祭の前後には、毎年必ずこれを聴いてしまう。

『1Q84』については、まだ手元に届かない方もいらっしゃると思うので、2周目が終わってから、改めて感想を書こうとおもう。ネタばらしはルール違反だもんね。
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by nyoirin | 2009-06-22 17:42

『私は死んでいない』

昨夜、東京国立近代美術館フィルムセンターに行ってきた。
フィルムセンターに行ったのは、たぶん、20年ぶりくらいな気がする。記憶が定かではないのだが…
確か、お役所仕事の最たるもので、当時9月1日からは冷房を入れない決まりになっていて、お約束通り冷房を入れなかったら、残暑が厳しく、センターに保管してあった映画フィルムが自然発火して火事になってしまい、貴重なフィルムの一部が灰と化してしまったことがあった。そのときに、センター復興のためだったと思うが、広く映画ファンに寄付をつのった際に、行った気がする。あれは、いつのことだったのだろうか?それ以来だと思う。

前置きが長くなったが、『私は死んでいない』だ。
なんなん隊長が、熱く熱くお勧めくださったので、田舎から京橋まで出かけていった。
最近知り合った元グラフィック・デザイナーのお友達を誘った。
現地集合だったのだが、彼女は来る前に、ネットで検索して、この映画の評判をチェックしてきたらしい。
「ひとりとーっても熱く語っている人がいて、ものすごく勧めてたから、面白そうだよ」と言った。で、よくよく聞いてみると、それはまさしくなんなん隊長のHPであった。
「号泣したらしいね、隊長」
「監督に走りよって、ブラボーって叫んで、号泣したあとのティッシュを見せて、感動を伝えたってね」
期待がふくらんだ。

現地に五時半頃ついた私は、彼女を見つけることができ、チケットを買う順番の列に加わった。
どんどん人が来る。フロアの椅子はもういっぱいで、壁にそって列がどんどん延びる。そのうち、「小ホールの予定が、急きょ大ホールに変わりました。皆さん案内に従って、順番にご入場ください。」という案内があった。一様に、おお、良かった良かった、みたいな雰囲気になる。

時間が来て、みんないい子に並んで、チケットを買い求める。なんと500円!私は何も考えずに1800円だと思い込んでいたので、ラッキー!と、二人で喜びあった。
「これだけで、もう得した気分になっちゃうなんて、おばちゃんだよねー」と二人で言う。
会場は、ほぼ満席。
この日も監督がいらしていて、上映前に少しお話ししてくださった。
「この映画には、脚本というものが存在しません」とのことだった。
う〜ん、それはどういうこと?と思ったが、まず観てみよう。

188分の大作である。ある程度の覚悟は持って臨む。が、始まって15分くらいしたところで、突然激しい睡魔に襲われ、気を失う。
はっと気がつくと、舞台はパリからローマに移っている。「わたくしとしたことが、なんたる不覚!」
そこで、私は思った。「この映画をわかろうとしてはいけないのだ、きっと。何かの教訓を得ようとか、示唆を受けようとか思ってもいけないんだ、きっと。このままの調子で、明日の朝まで観ていようぐらいでいなくちゃ、きっと」と。
それからは、私の五感は覚醒した。

死に際している母親の子供たちと、それぞれの周りの人々の日常が、淡々と展開されていくなか、スタイン博士が創造したという27歳なのに生まれたばかりで、誰も愛せない呪をかけられたというアリックスという女性と、14歳なのに、セルバンデスも原語で読み、運命の人を求めてヨーロッパを旅するヤコポという少年の二人は、とても非日常で、しかも、日常に当たり前のように混ざっているところが、私には不思議だった。
これは、何かの比喩なのだろうか?
わからない。
それにしても、アリックスを演じている女優は、実に私好みなのだった。
ローランのいちいちの発言は、楽しく聞いた。
傷心のヤコポが慰められるモーツァルトの歌曲の、なんと美しいこと!生のコンサートでも、そうそうお目にかかれないほどの邂逅だ。
私の愛してやまないポルナレフが、突然唱いはじめたときは、グッときた。そうだ、ポルナレフはフランス人だったのだ。なぜか、このところ彼を思い出し、CDで一枚だけ持っているのを、先週ずっと聴いていたところだったので、ビックリ。嬉しかった。
末娘のエレーナに、母親がお鍋にいっぱい作った温かいカフェオレを、エレーナのカフェオレボールに注ぐ。「もう朝食も作ってあげられない」という、母親の独白が聞こえる。私は、ここで涙が抑えられなかった。
冥王星が、惑星でなくなったというニュースが、人々の話題に上る。
冥王星は、そんなことにはおかまいなく、存在しているのに。
人間が勝手にある時惑星だと決め、時がたち、また勝手にやっぱり惑星じゃないと決めつける。
とうの冥王星には、まったく関係ない話だろう。
ニヒリスティックなローランのファースト・ネームは冥王星(プリョトフ?フランス語だと、だっけ?)らしい。楽しい。

そしてなんといってもラスト!
なんなん隊長の記事を、ネタばれにならないようにスルーしたおかげで(ごめんなさい)、こんなすごいラストが用意されていることを、このときまで知らずにいた。
母親が逝き、墓地で葬儀に臨む子供たち。
末娘のエレーナが、列から離れ、こちらに歩いてくる。カメラの前を通り過ぎるかと思ったとたん、正面でパッとこちらを振り返り、私たちと目線をぴたっと合わせる。微笑を浮かべて。
圧倒的な、モーツァルトのレクイエム!
私たちは、じっとエレーナと見つめあう。ひたすら、ひたすら見つめあう。
陽が翳り、あたりはゆっくりと夕闇に包まれてゆく。まさに「誰ぞ彼」の黄昏の意味を知る。やがてエレーナの表情も読み取れなくなる。
私は、エレーナの瞳を、もっとよく観ようと思い、目を見開いて、彼女の瞳を覗き込もうとする。

一発長回し。10分か15分か。
こんなすごいラストシーンは、初めてだ。
このラストを観るだけでも、この映画を観る価値がある。

タイチョー!素晴らしい映画をご紹介くださり、ありがとうございましたっ!m(><)m;;;涙・涙・涙・
また、よろしくお願いいたします。

P.S.一緒に行ったお友達が、隊長はどのへんで号泣したんだろう?と言っていました。
私の想像では、冒頭で、母親が死に際しているというだけで、既に泣いていたのでは?違いましたかしら?
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by nyoirin | 2009-06-11 18:16 | 映画・ドラマ
合い言葉は、「元気・やる気・前向き!」
そして、「ハピネス!」
忘れてたでしょう?ダメよ〜。ちゃんと憶えてなくちゃ!

今日は、風は強いが、良いお日和だこと!
朝から洗濯機2回まわして、大物も干した。お皿もたくさん洗った。
イチローも打った。
お昼に、初めて買ったフォーを作って食べた。パクチーの風味が、ちょっときつくて、ちょっと閉口。
午後から仕事。
今ちょっと休憩。
今日も、やる気満々。
この後また仕事。
嬉しい。
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by nyoirin | 2009-06-02 16:12 | 日記

2015.4.1.より、身の回りの小確幸(小さいけれど確かな幸せby村上春樹)を見つけてつぶやきます。


by nyoirin