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あれから

あれからもうすぐ7週間。
最初の1週間が、途方もなく長く感じられた。
その間ほとんど次男と二人きりで過ごすことになったので、毎日が心細く不安で、どんどん気持ちが沈んでゆくのを、自分でも止めるができなかった。
緊急地震速報を聞き逃すのを恐れてTVが消せなかった。そのTVからは次から次へと凄惨な映像が流れてきた。見たくないのに、目が離せなかった。
頻発する余震で、夜もなかなか眠れなくて、食欲もなくなり、下痢も治まらなかった。
次男と、声を掛け合って励ましあってと、自身を鼓舞しようとしたが、上手くゆかなかった。
心の中で、何度も「私たちは、被災したわけではないのだ。おかげさまで家族も全員無事だったではないか。家も津波で流されたりはしていないではないか。今は、自分のできることをやろう。無用の買いだめをせず、節電を心がけ、希望を失わないようにしよう」と自分に言い聞かせた。

原発が深刻な状況に陥っているらしいのに、正確なことは何もわからなかった。
実は、放射性物質が今もこちらまで忍び寄っているのではないか?と疑心暗鬼にとらわれた。
私はもういい。したいことをして生きてきた。もし被曝したとしても、結果が出る前に死ぬだろう。
だが、子どもたちや若い人はかわいそうだ。なんとかして護りたい。
原発に反対していたくせに、なんの意思表示も運動もせず、電気の恩恵を受けてきた。原発がせっせと発電してくれていた電気を、だ。
今回の事故は、始まりは天災だ。それも千年に一度とも言われるくらいの、想像を絶する巨大地震と大津波だ。なす術もない。だとしても、原発がなかったら、こんな恐怖と不安の中で生きていかなければならない状況にはなかったのだから、その責任の一端は、この私にだってある。
今このときも、現場で被曝の危険にさらされながら、作業に従事している方々には、申し訳ないとすら思う。その勇気と使命感に、頭が下がるばかりだ。

自民党は、菅を責めてばかりいるが、原発の導入を最初に促したのはかの中曽根康弘だということをお忘れか。そこからどんどん推進してきたのは、誰あろう自民党じゃないか!東電と一緒になって、税金を投入して、ここまで原発を増やしたのは、自民党じゃないか!
確かに、菅の対応はお世辞にも誉められたものではない。が、彼はいわば貧乏くじを引いてしまったのだ。自民党の方々は、実は「良かった〜、自民党の政権中じゃなくて」と思っているに違いない。
毎日国会中継を見ていて、自民党の質問を耳にするたびに、全くどの口が言ってんだよ!と叫けばずにいられなかった。自民党の皆さんにこそ、こんなにたくさん原発建てちゃって、しかも津波に対してはあんまり考えていなかったの、ということを正直に受け止めて、あやまってほしい。

今私にできることって、なんだろう。
こういうとき、絵描きは非力だと思う。絵は、役立たずだと思う。
歌や音楽には負けるな〜、といつも思う。

義援金を継続して送ること。
節電すること。
希望を失わないこと。
そして、精一杯、気合いを入れて、心を込めて、絵を描き続けること。
と、思う。
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by nyoirin | 2011-04-27 19:40 | 日記

2015.4.1.より、身の回りの小確幸(小さいけれど確かな幸せby村上春樹)を見つけてつぶやきます。


by nyoirin