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泥丸宮

山に籠っているうちからずっと泥丸宮がじんじんしていたのだが、降りてきてからもずっとそれが続いている。
これは、いつぞやと同じ予兆なのか、それとも道場でのあの圧倒的な響きによるものなのか、よくわからない。
とりあえず、風邪も治ってきたみたいなので、また仕事する。



















# by nyoirin | 2013-12-13 14:26 | 日記

「風立ちぬ」

先日、「風立ちぬ」を観た。
私には、この映画で、宮崎駿が何を言いたいのか、全くわからなかった。

まず一つ. 主人公堀越二郎の声を、なぜ庵野秀明にやらせたのか?棒読み以下のヘタクソさの上に、二郎に比べて声がおっさん過ぎるだろっ?!と思った。いちいち興ざめだった。
他のキャスト、西島秀俊や國村隼らが良い仕事していただけに、残念だ。
鈴木Pと宮崎駿の内輪受け&話題作りなのか?二人とも、もう勘が鈍ってしまったのだろうか。偉くなり過ぎて、誰も意見が言えない状況なのだろう。

二つ.飛行機のプロペラ音およびエンジン音が、人の口で出しているようで、耳障りなことこの上ない。特に、エンジン音は、人のうなり声のよう、叫び声のよう、阿鼻叫喚のようだったので、不吉感満載!禍々しいったらありゃしません。聞いていて、不快だった。

ストーリーは、山無し谷無し、だだ長いだけ。
「生きて」とかむりくりヒロインに言わせてるけど、命をどう思っているのですか?と私は聞きたい。
「ボクは、ただ美しい飛行機を作りたかっただけなんだー。それが、ただ戦争に使われちゃっただけなんだー。ボクには、そんなつもりはなかったんだー。」ってことなんですか?
ラストの台詞は、どう受け取ったらいいんでしょうか?

次々と飛び立ってゆくゼロ戦を見上げて
カッペラーニ「美しい飛行機だね」
二郎「ええ。でも、一機も戻ってきませんでしたけどね」

これを、どう受け取ればいいんですかね?
ゼロ戦一機一機には、一人一人の人間が、親も家族もいる一人の尊い人間が乗っていたことは、どうお考えなんですかね?
なんか、安倍思い出しちゃったよ。「うとぅくしい、にっぽん。にっぽんを、とりもどそう」「戦争放棄をやめよう。うとぅくしい日本」

怒りでもいい、否定でもいい、心の針がどちらかに振れればまだしも、私の針は、どちらにも全く振れなかった。(だから、私のほうに、問題があるのかもしれませんよ)
ジブリの作品、とくに宮崎駿監督作品を観て、こんなことは初めてだ。

映像は美しかった。動きも素晴らしかった。正に作画の鬼だった。
それだけに、残念だ。空しい。
外側は極上の容れ物なのに、中身空っぽみたいな・・・

「風立ちぬ」_c0009212_11404762.jpg

# by nyoirin | 2013-08-10 11:41 | 映画・ドラマ

「自分」をどうするか

楽家当代第15代吉左衛門のドキュメンタリーをたまたま観た。
 
「一方では自分を手放したい気持がある。だけど、片方では自分を手放せない。」
また、「自分が全く無くなってしまうということは、表現者としてはありえない。」とも言っていた。

確かに、そこのところだ。
自分などというものは、本当はどこにも存在しない。それは、幻想に過ぎない。
成れば良し、成らなくても良し。そもそも成ることなど、想像もしない。欲しもしない。
かといって、全く無くしてしまったら、表現者たりえない。それなら、表現する必然性がない。
だがしかし、自我は、完全に潰してしまわなければならない。

「自分」をどうするか・・・
# by nyoirin | 2013-07-21 18:21 | 日記

慈悲

この世界が、どんなに素晴らしいか。
どんなに、美しいか。
どんなに、かけがえがないか。
どうすれば、知らせることができるのだろう。
過ぎ行く時もなく、過ぎ去る時もない。
二つとして同じものが無く、かつ全てがたった一つだということを、どうすれば、知らせることができるだろう。
全てが愛おしく、全てが慈悲であること。
宇宙は、慈悲でできているということ。
慈悲が、私たちを見たがったということ。
慈悲が、私たちを通して、知りたがったということ。
どうずれば、知らせることができるだろう。
# by nyoirin | 2013-05-01 19:24 | 身近な風景
10日にみなとみらいホールで、久しぶりに衝撃的なコンサートに遭遇したので、それ以来おかしくなっている。
ブルックナーの交響曲第9番。
拙い私の文章力では、とても表すことのできないくらいの、後世必ずや伝説として語られるであろうコンサートだった。
なんといっても第2楽章が大好きな曲だったのだが、もちろん全てが素晴らしかったのだが、第3楽章の弦がさざ波のように降りてくるところで、とうとう涙がこぼれてしまった。
あの日あのとき、その場にいることができたことに、心底感謝した。

以来、ずっとブルックナーを聴き続けている。
私のベスト盤である、ハイティンク&アムステルダム・コンセルトヘボウ(’81年録音)の9番はもちろん、テンシュテッド&ロンドン・フィルの8番、カール・ベーム&ウィーン・フィルの4番などなど、この春私は、ブルックナー漬けである。

それらを聴きながら、仕事を進めているわけだが、きっと出来上がったあと、この作品たちからはブルックナーの旋律が聴こえてくることかと思う。たぶん私には・・・。
# by nyoirin | 2013-03-21 16:29 | 音楽

2015.4.1.より、身の回りの小確幸(小さいけれど確かな幸せby村上春樹)を見つけてつぶやきます。


by nyoirin